株式会社「デジタローグ」社長 江並直美さん

 「電子出版」というのがある。紙の書物でなく、CD-ROMなどを媒体にした出版を行う事業のこととか。今回はその電子出版事業で名をはせる「デジタローグ」社長、江並直美さんにお会いした。

――写真集の『イエローズ』は爆発的に売れましたそうですね。

江並 おかげさまで。けど、他はあきまへんよ(笑)。今のCD-ROMをめぐる論調は表現の問題が流通の問題にすりかわってる。たとえば評論家の人は電子出版なんてくだらんとよう言いはりますわ。そんなんこっちが一番わかっとる(笑)。誰よりも作ってる本人がくだらんと思とるんですわ。僕らのも含めてしょうもないタイトルがたくさん出回ってる。単にタコヤキ売ってるのと変わらへん。たとえば、今国内でCD-ROMが毎月六〇〇タイトルくらい出てるけどもう飽和状態で売れない。DOS/Vマシンが国内で五百万台稼働してると言われてて、なんで千本しか売れまへんねん(笑)。

――あ、やっぱりその程度の市場しかないんですか。

江並 そらそうですわ。マルチメディアなんてまだなんもできまへんよ。マルチメディアをヨイショしてはるオッサンらがわかってへんのは、インターネットなんてあんな強大なメディアなのにその中で語られてることは超マイナーでサブカルチュアやという現実ね。オレがオレがのくっだらん話が電話線使てカネ使て世の中どんどん飛び回ってるわけでしょ。もうかってるのNTTだけですわ。ただ、だからと言って電子出版を否定するのもおかしな話で、今はまだ文法から作ってる段階で普通の人にはまだ関係ない世界なんです。

――もともとグラフィックデザイナーだとお聞きしてるんですが。

江並 今でもそうなんですけど(笑)。デザイナーの世界では今や二十代前半の人たちにとってコンピューターを使うのは当然のことになってしもてる。その結果、それまであったデザイナーとしての基本的技術の修業時代がなくなった。表現すべきイメージを明快に持っている人ならば技術的なところはコンピューターがやってくれる。昔、僕らが三角定規とかカッターナイフとかを使ってデザインやってた頃は、発想とそれを実現してゆく作業とは別だったから単なる線を引くのがうまいだけの職人もデザイナーやれてた。けど、今はそんな技術的作業はコンピューターがやってくれるから単なる職人じゃ終わりですよ。

――コンピューターは道具としてすでに定着している、と。

江並 あ、よくそういう風に言われるでしょ。でも、僕はコンピューターは単なる道具ではないと思ってるんですよ。たとえば、デザインしてゆく過程で画面上で赤や青や黄色やと好き勝手にシミュレーションができる。まあ、結局はわけわからんようになって最初の発想になることが多いんですが(笑)、でも、そうやっていろいろいじりながら色を具体的にたくさんバーッと画面上で見てゆく、その蓄積が次の発想につながってくる。その違いはもう決定的ですわ。

――ははあ、コンピューターによって可能になった体験の蓄積と感覚の鋭敏化があって、今やその上に発想やセンスも規定されてこざるを得ない、と。

江並 そう。そこに気づいたらこりゃもう全く違うな、と。ただ、どんなに自由になった、新しい体験やと言っても結局はソフトの設計者の掌の上でしかない。そしたら次は自分のイメージを実現できるソフトをプログラムから作るしかないんやけど、そんなん僕らもう今から勉強できませんよ。ところが今の二十代の奴らはプログラムでグラフィック書きよるのが出てきてます。

――なんか四十代前半くらいのところにコンピューター文化の受容度に対する活断層が走ってませんか?

江並 実際「アンダー40ジェネレーション」と呼ばれてますわ。僕なんかはそのギリギリその末席に連ねさせてもらってますが(笑)。だから、もうオッサンらは今から無理にコンピューター使うことないんですよ。

 コンピューターって強いから振り回されるんですわ。最初やり始めた時は必ずデザインが下手になりますよ。それを徹底的にやって撃破する(笑)。奴隷にしてしまうんですよ。その一線を越えるとこんな便利なもんはないという段階になる。そうやってマウスでテザインやり続けて今度もう一度自分の手で作業やると指先の感覚が違ってくるんですよ。鉛筆の鉛が溶けて紙の上に粘りついてゆく様子がわかるとかね。とことんやってる奴はこのへんがわかるんですよ。だからそこまでいくと、デジタルかアナログかなんてどっちでもいいことになりますわ。

 四〇歳。大阪の出身でノリもなまりも未だに関西人。八〇年代を通じて『ナンバー』から『マリ・クレール』『P-and』と渡り歩いたという。「キャスティングからやらせろというムチャクチャなADやった」由。その後イベントのプランニングなどに手を染めながらマルチメディアの世界へ。仕事としてマルチメディアを扱う商売人としての手つきの確かさは、このキャリアに裏付けられていると見た。