猿岩石の正義

 

 なんてったって猿岩石問題である。ユーラシア大陸横断ヒッチハイクと言うけれど、タイとミャンマーの間を飛行機に乗っていた、これは「やらせ」だ、と新聞がやった。

 「で、それがどうしたの?」というのが大方の反応だろう。少なくとも、猿岩石のあの悪戦苦闘を笑いながら共感していた若い世代の感覚はそういうもののはずだ。だって、あれは「活字」の「報道」でも「ジャーナリズム」でもなく、「テレビ」の「お笑い」であり「バラエティ」だもの。植村直巳や堀江謙一のような「エラい」メディア公認の冒険ではハナっからないもの。文化祭でバカやって盛り上がるのと同じ。それを職員室の大人たちの側が楽屋裏をバラしたからって、そのバカ騒ぎを楽しんでいる側にとっては何も正義にはならない。

 この問題に対する『進め!電波少年』の対応があっぱれだった。24日の放映の冒頭に「秘蔵ビデオ発見!」とやって空港から飛行機に乗り込む猿岩石の映像を出し、担当ディレクターのコメントをわざわざ顔を隠して音声まで変えて「お笑い」にする念の入れよう。そして最後には「これでも“やらせ”なのか、それはあなた自身で判断して下さい」と大タンカ。近年繰り返される「報道」「ジャーナリズム」方面の「やらせ」釈明を完璧にパロディにしていた。これこれ、この責任のとりよう。これがテレビの、少なくとも「お笑い」や「バラエティ」の正義なんだって。

 いくらヒッチハイクったって番組になっているのだから、その場にカメラがついて回っているのはバカでもわかる。スタジオから電話がつながっていたのだから連絡だってとれている。メディアの舞台に乗せるに足る“おはなし”にしてゆくにはそういう仕掛けが必要なのだ。そういう態度がテレビのやらせを蔓延させる、という批判はもちろん正論だけれども、その一方で、ただ現場に行きナマな言葉にするだけで何か価値ある仕事になると思い込んだまま許され続け居丈高になった「報道」の危うさだってある。何より、猿岩石について回った取材クルーの苦労は「報道」のそれと基本的に変わらないはずだ。

 猿岩石を支持する。断固支持する。どこかの雑誌で「猿岩石に感動した若者ならば猿岩石以上の旅を計画しなければならない」なんて能書き垂れてた阿呆がいたけど、冗談じゃないやい。そんな方向に感動する不用意さが、うっかり猿岩石を真似して遭難する事態を招く。あれはテレビというプロの文化祭業者の仕切りの中でこそできたことで、自分たち素人がいきなりやってできるこっちゃないよね、というメディアの舞台に対する健康な距離感を持つことが重要なのだ。そして、そういう健康さはもうわれわれには備わり始めている。