麹町電網測候所 マニフェスト

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 インターネットについて、少し本腰を入れて考えることを始めてみたい。普及してきたとは言え、未だにどこか一部のマニアや特殊な趣味の領域にとどまっているところも根深くあるこのメディアを、そろそろ陽の当たる場所できちんと検分してみることが必要だと思うからだ。

 普通の国民が生活の中でインターネットの環境を享受できる度合いはここ七、八年の間に急激に高まってきた。それは、携帯電話というもうひとつのIT革命と並んで、おおげさに言えば日本人の情報生活環境にとってはラジオやテレビの出現と比肩すべき文明史的事件とでも言うべきものになってきている。

 大方がうすうす感じ始めていることだろうが、ネット報道、ネット言論とでも言うべき新たな情報空間がすでに立ち上がっている。それはひとまず、既存のメディアによって流されるマスコミ報道、マスコミ言論に対する対抗勢力として存在する。「表のマスコミ」が報道し、論じたことについて、それぞれの立場からランダムに感想を述べ、疑問を呈し、時に不正確な事実や耳傾けるべき異論異説についてぶつけてくる、そんな批評媒体としてインターネットは作用し始めている。漫才用語から派生した「ボケ」と「ツッコミ」という役回りを表現する言葉があるが、そのひそみに習えばマスコミが「ボケ」でネットは「ツッコミ」。インターネットとは専守防衛ならぬ、専守ツッコミ、を本領とするメディアなのである。だから、活字のメディアで標準が作られてきたこれまでのメディアとは、その依拠するルールが本質的に異なっているところがある。

 報道について言えば、手にした事実を確認し、裏を取り、ほぼ間違いないと思えたことだけを素材として構築し、時に政治的公正さなどにも配慮しながら伝えるという「社会の木鐸」的な態度よりも、出所不明でいささかあやしげな情報や、たとえ噂や伝聞の類であったとしても、とりあえず公開して共有してしまおうという「瓦版」「イエローペーパー」的な気風が重視される。良く言えば闊達、悪く言えば無責任で、新聞で言えば一般紙よりもスポーツ紙、テレビで言えばニュース番組よりもワイドショーといった体質が標準になってくる。

 いきおい、このような特性を持つインターネット空間は、いかがわしいもの、品性に欠けるもの、衆愚を加速する媒体として認知されてくる。この認識自体は基本的に正しい。ネットは本質的に玉石混淆、信頼すべき情報もあてにならないデマも等価に流れてしまうメディアなのであり、その取捨選択もまた、消費者の自己責任によって担保されている。その限りでは「危ない」メディアであるというのは間違いない。

 けれども、ことの善悪とは別に、ネットに限らずいわゆるマスコミを含めた昨今の情報環境自体がこのような方向に流れ始めていることは認めざるを得ないのもまた事実である。NHKのニュースだけがニュースではない。ニュースステーションに代表されるニュースショ−もあれば「お笑い」風味のバラエティ−系情報番組もあるし、政治経済の話題でさえもゴシップや三面記事にしてしまうワイドショーだってある。今や、メディアを介して伝えるべき同じ「事実」でも、その報道の文法の選択肢は拡大している。インターネットとは、そのように拡大した選択肢のおそらく最も多くが併存する情報空間になっている。そのことをまず踏まえた上で、ネット上に流れるさまざまな報道、言論、批評の風向きを、その折々のトピックを糸口にしながら計測してみよう、というのがこの試みである。

*1:おそらく初回分のマニフェストとして書いたダミー草稿、かと。