「地方の敵は地方」

「牧馬の改良に関しては公益を以て私益と合致せしむることの甚だ容易ならざるが為のみ。(…) 誠に産馬は民の生業にして決して国に対する公役には非ず、其目的は私利に在り、若し不幸にして方法宜を失ひ、利無く損を招ぎ易しとせば、假令如何なる雄弁を以て之を説くも、終に其繁盛を望み難きは宜なり」

 ある人の書いた馬政論の一部です。「馬政」というもの言い自体、すでに使われなくなって久しいのは何度かこの欄でも触れてきました。これはまだその「馬政」が良くも悪くも「国策」の一環で、しかもかなり重要な政策課題としてそこにあった時代のものです。

 書いた人は、他でもない柳田國男。後に日本の民俗学を組織だったものにして、大学のアカデミーからでない「民間」から起こった学問として育ててゆくことになる、その人です。『遠野物語』その他、「古き良き日本」の姿をたんねんに拾い集める好事家、といったイメージで一般に知られている「民俗学者柳田國男は、しかしこのような「馬政」についても一家言ある知性でもありました。

 書かれたのは今から百年以上も前の明治時代半ば、彼がまだ帝大出の新進気鋭、若手農政官僚だった頃。明治国家の高級官僚で、しかも農政担当ですから「国策」としての「馬政」にも見識があるのも当たり前ですが、しかし、改めて言うまでもなくその背後の時代や社会状況はいまとはまるで違う。軍馬の質を向上させるための「馬匹改良」を目的として、どのように民間の馬についての知識や技術を向上させてゆくか。役人や軍人、エリートは「お国のため」の「国策」という大義名分だけでもとりあえず頑張れるとしても、こと民間はやっぱり稼業であり商売の部分で引き合わなければ、そんな大義名分だけではなかなかことが前へは進まない。「国策」として日本の「馬」について何かある方向に動かそうとするのならば、その前提として民間の「私利」の部分もまずうまく満たしてゆけるような施策を考えないと、大義名分だけじゃ絶対うまくゆかない――彼が熱心に説いているのはおおむねそういうことです。これは「馬政」に限らず、当時の彼の「農政」一般についての態度だったわけですが、こういう今から見れば当たり前の穏当な見方も、当時の官僚の間ではあまり支持されなかったと言います。一世紀以上前の古証文ですが、でも、彼のその主張の中身を静かに吟味してみれば、背景や環境は異なっていても、「国策」と「民間」、大義名分と世渡りの稼業の〈リアル〉、といった間に横たわる、ことの本質だけは、いまとそんなに変わっていないのが、何ともはや、ではあります。

 「地方の敵は地方なんです」。

 これは先日六日、札幌市内で行ったささやかなトークセッションの席上での、井村勝北海道軽種馬振興公社常務理事の言。長年JRA地方競馬中央競馬の間の橋渡しを業務の現場で苦労しながら切り開いてきた先駆者からするこの言は、常日頃、官僚主導の「お役所競馬」の限界を言い続け、とりあえず「民営化」の方向に大きく舵を切ることでしか、地方競馬はもちろん、ニッポン競馬の構造自体を新たな未来を見通すような形に変えてゆくことはできない、というのが年来の信条である僕のような人間でも、それら大前提を含んだ上でなお、この言葉の内実は痛いほどよくわかります。

 なんだかんだ言ってもJRAはやることをやってきた、なのに地方競馬の主催者は何もしてこなかったじゃないか――こういう「気分」が地方競馬を語る時、JRAとそのまわりの人たちのある部分、時にはそれこそ今の農水省のお役人そのものにさえ確実にはらまれている、そのこともこれまでよく思い知ってきました。言いたくなるのはよくわかる。でも、そういう地方競馬の主催者や、他でもないその主催者を管理する立場にいる地全協その他の競馬エスタブリッシュメントだって、そう言うあなたたちと同じ出自、同じ背景を持つしょせんは「お役人」じゃないか、というのもまた、僕のような立場の者から見る現実でもあります。ただ、そういう前提の部分をちょっと棚に上げておくとすれば、確かに、地方競馬の主催者の「質」というのは指摘されるような問題を多くはらんでいたのだと思います。

 ならば、競馬の「構造改革」のために、たとえばそのJRAが自分たちの見聞きしてきたことや経験を活かして、新たな主催者を養成するような試みはできないのでしょうか? 行政の他のセクターではない、競馬という特殊な分野に限定したエキスパートとしての主催者職員をつくりあげる、そうやって「質」を確保することもまた、これから先のニッポン競馬にとって欠かせない条件なのだと僕は思っています。

 懸案の地方同士の場間場外発売が遅々として進まず、どこの地方でも競輪や競艇にみすみす市場を奪われてゆくのがここ数年の実情です。身体を張って新たな市場を開拓する気概の感じられない「殿様商売」の手癖の抜けないお役人体質の組織が間に介在することで、「民間」から競馬がそっぽを向かれている、はっきり言ってそれが現実です。

 JRAと地方と、どちらの馬券も全国どこの競馬場、WINS、各場外で買えるようになる、競馬法改正の当初に目標とされた構想に向けて一歩を進めるためには、こういう「民間」と本当にうまく協力しあえるような体制を早急につくることが必要だと思います。