敢えて「小さな競馬」から明日を

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 馬産地がみるみるうちに変わって行きます。競走馬がいなくなり、牛に変わる。あるいは、放牧地が手入れもされずにほったらかされてすでに草ぼうぼう、厩も生きものの気配がなくなったままがらんとしている、そんな光景がここ一年ほどの間で、すでに見慣れたものになってきています。

 あるいは、少し前まで大手と目され、生産馬が活躍していたような生産牧場までもが、どんどん「外資」に買収されてゆく。優勝劣敗が定法の競馬の世界のこと、有為転変は厩舎や馬主に限らず、牧場とて例外ではないのは何も今に始まったことではないのですが、それにしても、ここにきてのこの変貌ぶりは、これまでとは明かに違う何か大きな力が、ニッポン競馬をめぐる現実の背後に確実にうごめき始めている。「国際化」30年の総仕上げであり、これから先のニッポン競馬のありかたを良くも悪くも規定する、そんな正念場にさしかかりつつあるのが、いま、まさにこの時期なのだ、と改めて思います。

 在外外国人馬主にも馬主資格を与えることは、すでにJRAの既定路線らしい。既存の市場を圧迫しないように、たとえば「内国産馬」を一定の割合以上所有する、など歯止めをいくつか設定するよような話も聞こえていますが、しかし、彼ら「外資」がすでに取得している国内の牧場で自前の生産馬をこしらえれば、それはもう立派な「内国産馬」なわけで、これら歯止めも有名無実化するのがほぼ眼に見えている。ここにきての国際的規模での経済状況の悪化も追い打ちで、国内の軽種馬生産はさらに衰退してゆくでしょうし、もちろん競走馬を持って楽しもうという馬主資源も枯渇してゆく。年間の内国産馬生産が五千頭前後、という数字は、以前から一部の生産者グループのリーダー格の人たちが半ば公然と口にしていたことでしたが、今やそれすら危ういことが、いよいよ現実に裏づけられ始めたようです。

 この欄をお借りして言及してきた「外厩」制度も、このような「国際化総仕上げ」=脱「戦後」ニッポン競馬、の枠組みの中で、すでに青写真が作られているのでしょう。目先のことだけならば、預託料の軽減などのメリットを馬主にもたらすでしょうし、出走すらままならない今のJRAの在厩状況を当座、改善してゆける可能性もある。けれども、ニッポン競馬全体の向こう数十年にわたる中長期的未来像、ということを真剣に考えた場合、同胞の競馬熱が盛り上がらなくなった分「外資」で補填しよう、という安易な発想以上のものが感じられず、だからこそ根深い不信感と不安を抱くのは、さて、あたしだけでしょうか。

 これら「国際化」総仕上げの動きの中で、地方競馬はすでに「カヤの外」という位置づけを、ここ数年来の競馬法「改正」の過程でされてしまっています。来年度からスタートすると言われる「地方共同法人」という新たな主催形式にしても、いまなおまともな全体像が見えてこない始末。JRAだけ生き延びて毎年国庫に一定の上納金を納められればそれでよし、だから「外資」も受け入れて……という霞ヶ関官僚的な世界観に、ニッポン競馬の未来は粛々と呑み込まれてゆくようです。

 でも、こんな状況だからこそ逆に、馬を持つ、馬主として競馬を楽しむ、その最もプリミティヴでシンプルな「愉快」というのは案外、その一見切り捨てられたように見える地方競馬にこそ、あるような気がします。もちろん今の地方競馬という意味でなく、今後新たなニッポン競馬の枠組みの中で実現してゆける「あるべき小さな競馬」という最大限前向きな意味において、ではありますが。

 JRAトレセン制度とそれを前提にした今の厩舎の約束ごとは、その是非はともかく、あまりに巨大化し、システムとして寸分の隙もないようなものになっているのが現実で、だからこそ競馬が好きで馬を持とうと素直に思った馬主さんほど、往々にして疎外感を抱いてしまうようです。出資しているのは自分なのに、なじみの薄い競馬の「世界」で「馬を持つ」ことの中身がうまく納得できないまま、いつしか競馬そのものがうとましいものになっていってしまう。とても残念なことです。

 すでに世界に冠たる通年開催システムとなっているJRAと、今の地方競馬の発展形態としてここであたしなどが渇望する「もうひとつの小さな競馬」が、制度的な裏づけと共に、それこそ大リーグにおけるメジャーとマイナーのように、実力と条件に応じて自由に往還できる環境が整えられるならば、馬主だってまず地方競馬で「馬を持つことの楽しみ」を無理せずゆっくりと知ることができるはず。それは何も経済的な負担の大小だけでなく、たとえばちょっと仕事の時間があいた時に気軽に厩舎に遊びに行き、自分の馬の顔を見て、調教師や厩務員、騎手など日々その馬を養ってくれている厩舎のスタッフとおしゃべりでもしながら、馬と競馬についての仕事の「世界」を少しずつ見知ってゆく過程を、ひとりひとりの速度で体験してゆくことに他なりません。

 月に二回、確実に競馬に出走し、その出走手当で預託料はおおむねまかなえて、だから無事に競馬を使えている限り経費はバランスしていて、賞金は次の馬を買う資金にでもまわすことができる。一着賞金は最低でも五十万円くらい、もしも走る馬が出れば所属はどこの競馬場でも、実力に応じて他の競馬場の番組に出走できるし、もちろんJRAにも参戦できる。調教師も騎手も同じで、ふだんはどこの競馬場で仕事をしていようが、条件さえあえば日本中の競馬の番組に参戦できる……そんな新たな「小さな競馬」としての地方競馬が、JRAシステムと有機的に連携できる下支えとしてあり得るならば、いまのこの「国際化」総仕上げ一辺倒、のニッポン競馬の明日も、まだ何とかなる余地があるはずです。

*1:京都馬主会会報『心ゆたかに』掲載原稿。この時期、福島県馬主会の会報にも「外厩」についての座談会にお呼ばれして記事になったこともあったし、JRAの馬主会界隈で何やらお声がかりがちらほらあったのはあれ、なぜだったんだろう……200814