「昔の競馬」にこそ活路を

 サブプライムローンの破綻が発端のアメリカ発世界「恐慌」(でしょう、どう見ても)は、当然ながら、まわりまわって競馬の世界にも影響が出てくること必定。それは単に世界のホースビジネスを動かしている巨大マネーのカネまわりがどうこうという水準だけでなく、ここ十年ばかり最低限の高度維持すらギリギリのところで何とか低空飛行してきていたニッポン競馬についても、その母体であるところの「経済」自体が大きく揺らぐことから当然、のっぴきならない結果を招来することになりそうです。

 JRAという、「ニッポン競馬」艦隊の主力部分だけは何とか温存したい、ということから、馬産地や地方競馬も含めた艦隊を編成する各艦はもとより、当のご本尊の船内各所にまで被弾、浸水が起こっているのに眼をつぶり、落伍脱落する艦はもちろん放置見殺し、いや、本船も場合によっては生存者がまだいるにも関わらずそそくさと注水、区画閉鎖を続けて、ついに喫水線までどんどん下がってきているところへ、直撃弾ではなくても「恐慌」という超大型核兵器級の至近弾を食らって、眼にはさやかに見えねどもあちこちにガタやきしみの出ているそもそもの構造にまでついに亀裂や破綻があらわになり、さあ、ここで舵取りを少しでも間違えば一気に船体全部が傾いて復旧不能になることも、冗談ではなくあり得ます。それくらいに、ニッポン競馬というのはその未来も含めて、本質的な危機状況にあります。

 案の定、今回の「恐慌」由来の環境の変化を奇貨として、「廃止」風がまたぞろ強くなり始めました。

 競馬場のごく一部の地権者と争議が起こってトラブルになっていた笠松競馬ですが、ここにきて年度末へ向けて、県側が「店じまい」のホンネをあらわにし始めた気配です。前々から、裁判沙汰自体は大した問題でなく、もともと管理者側トップとの感情のもつれがこじれたのが発端で、何より訴えている地権者側には地元の古い馬主まで混じっていて競馬そのものに根っから悪意があるわけではなかったのですが、本欄でもずっと懸念していた通り、県側がこの裁判をダシに「廃止」のレールを敷いてしまえ、という動きにいよいよ出てきました。裁判が解決しないので地権者の合意が得られない、だから年度末の予算が組めない(組まない)、という得意技「不作為の作為」が狙いなのは誰が見ても明らか。先日の県議会でも知事答弁の中に「廃止も選択肢に」という発言がうっかり出てしまったりで、何をか言わんや。地代のわずか二百円程度の値上げの攻防で、ああ、あのオグリキャップアンカツを輩出、地方競馬の一時代をリードしてきた競馬場が、このところ赤字でもないのに、あえなく「廃止」になるのでしょうか。

 改めて情けないのは、現場の厩舎サイドの動きが信じられないくらいに鈍いことです。数年前に一度、存廃騒動の時にギリギリの崖っぷちで踏ん張ったにも関わらず、その後、調騎会のまとまりがどういうわけかバラバラのまま、むしろ以前より拡散してしまった印象なので憂慮していたのですが、この状況でもなお、名古屋に移籍できるんじゃないのか、程度の呑気な観測で終始しているとは、何ともはや。

 「昔の競馬に戻っとるんやないのかなあ」と、しみじみ言うのは、他の競馬場のあるベテラン調教師。

 結局、こういうひどい環境で競馬を続けようとすれば、昔のウマヌシベットウみたいな手弁当で馬を養ってあちこち競馬を使いに行って稼業するような形になるしかないわけで、事実、多くの競馬場で現実にそうなりつつある。まして、単に賞金や手当が減ったとかいうレベルはすでに超えて、そもそも馬が入らない、馬主もいない、まともな番組が組めない、という負のスパイラル突入が全国的なわけで、だったら、すでにJRAとは違う理屈でしかやってゆけなくさせられている地方競馬 (このこと自体、主催者がほとんどまだ認識していないようですが) だからこそ、その窮状を逆手にとって、「競馬本来の自由」「うまや稼業の正義」をこのご時世、一気に実現させる契機にしてゆくこともできるはず。「昔の競馬」、上等じゃないですか。ほんとに競馬で食ってゆく、競馬がしたい、という「うまやもん」ならば、自厩舎のお手馬とダンナ(馬主)ごと数ヶ月くらいに競馬場を経巡ってゆき、馬を売買しながら稼いでゆく。

 また、大月の駄ボラが始まった、と思われて結構。嘘でもハッタリでも、競馬で生きる者たちが生きてゆけるために、せめてそういう環境整備のアイデアくらい出そうと知恵絞るのが、他でもない地全協や軽種馬協会その他、競馬エスタブリッシュメントの方々の、この状況でできるほぼ唯一の仕事なのではないですか?

 なにしろ、南関東以外はどこも賞金水準はほぼ似たようなもの。どこで競馬やっても大した違いはない、という状況は、心意気だけでなく現実に、ミもフタもなくそうなっている。だったら、たとえば各競馬場からやる気のある厩舎がいくつかずつ、各地に移籍して転戦する。馬の抜けたところには、他のところからまた遠征してきて補填し合う。地方競馬のここ十年来の懸案、競馬資源の共有ということは、この瀕死かつ最高の状況だからこそ、このような試みから始められるべきもののはずです。

 何なら、いっそ緊急避難的に、今の地方競馬の馬主は一括してどこか公の組織に名義を預ける形にして、馬資源を維持するための「公有化」による下支え、なんていう荒技も考えてみていいとさえ思います。JRA基準の競馬だけでない、「昔の競馬」も含めて何でもあり、の地方競馬の再生に活路を見出そうという剛直の士は、さて、今なお高給ふんだくる競馬エスタブリッシュメントの方面には、まだいらっしゃるのでしょうか。