「とて日」騒動、余録

 『とてつもない日本』をめぐる騒動について、少し話しておきたい。例の麻生首相の著書が、ネットを介した「祭り」でにわかに売り上げが急増した、という話である。

 「祭り」当日は3月10日。いわゆるマスコミのレヴェルでは、翌11日づけの産経新聞にとりあげられたのが最初のはずだ。その記事の中に、こんなコメントを寄せた。

「インターネットの世界には、物見高いけれど無責任、それでいて正義感も持っていた江戸の町人気質が感じられる。マスコミの激しい麻生たたきに対して、町人気質が異議を唱え、多くの賛同者を生んだと考えるべきだ」。

 「2ちゃんねるに詳しい」と冠がつけられていたのにちとびっくりし、かつ苦笑したけれども、旧知の記者からの電話取材だったし、話した意図や文脈についてもほぼ過不足なく理解してもらった上でのコメント記事だったと思っている。ただ、なにせ蝦夷地じゃ産経は出回らないので紙面が見られず知らなかったのだが、どうやら、web上の配信記事では肩書きも名前もついていたのに、実際の紙面では「ネットに詳しい専門家」といった言い方になっていたそうな。そのへん、どんな事情が間にあったのかはわからない。

 で、それを読んだのだろう、フジテレビから電話があった。『とくダネ!』という番組でこの騒動をとりあげたいのでコメントしてくれないか、という依頼だった。かけてきたのは女性。名前は申し訳ない、失念した。今回の件をどのように考えているか、などまずやりとりをしてから、その上で正式にお願いします、ということに。要は、向こうの制作上の意図におさまるようなコメントをしてくれるのかどうか、少し探りを入れてから上司にお伺いを立てて正式にGO、という手続きだが、それ自体はこの種の取材の段取りとして普通で珍しくもない。電話口にカメラその他をセットするというので、時間を定めて改めて電話取材の「本番」となった。

 やりとりは結果的に8分程度。テレビの、それもワイドショー系の番組で、中でもいろいろこれまでも物議を醸す偏向……あ、いや、「良心的な」報道で取りざたされている『とくダネ!』だけに、まあ、無難なところだけつまんで編集、お茶を濁すんだろうな、とは思っていたら、いやほんとに、ものの見事に全くつまんだだけ、だった。こちらの伝えたい意図や文脈などはまるで無視、理解しようとした形跡すら感じられず、一応電話取材までしたんだからひとことくらい使っておかないと厄介だし、てな思惑ミエミエの使い方で、ここでもまた笑ってしまったような次第。確かyoutubeその他で、この時のキャプチュア映像も出回っているはずだから、興味のある向きはどうぞ確認していただきたい。というか、コメンテーターの藤田朋子が「他に楽しいことないの?」といったコメントをしてしまったのが、また「祭り」の側の義勇軍たちをいらぬ刺激をしてご本人のブログがあっという間に「炎上」⇒閉鎖(おそらく所属事務所の「配慮」か)、の憂き目にあったりして二次的に有名になったからすでにご存じの向きも多いかも。

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 で、ここからが本題。

 そんな事情だったし、なにせ『とくダネ!』だったから、電話取材の録音を念のためとっていた。ただ、残念ながら手もとに電話キャプチュアのデバイスがなかったので、こちらの応答だけの録音なのだが、それでも、実際にどういうことをしゃべり、伝えようとしたのか、については理解してもらえると思うので、この場を借りて、参考資料としてご紹介しておきたい。

 以下、Qの部分が先方、フジテレビ側の質問で、こちらがとったメモをもとに、概略の意図だけまとめてある。それに対して、あたしの応答は極力、録音に忠実に起こしてある。

Q:このようにネットを介してベストセラーをつくるとか、モノの売り上げを上げるといった動きはこれまでもあったのか?


ネットを媒介にしていろんなモノを売ったり、ランキングあげようといったことは、2005年頃からちらほら目立ってきたんですが、ただ、今回の場合は、ネットの中でも2ちゃんねるなど掲示板系のものを中心に、個人のブログやSNSなどを介して不特定多数の普通の人たちがどんどん加わっていってゲリラ的に広がっていったのが、大きかったですね。


Q:仕掛けた人にはどのような意図があったのか?


 当初、ちょっと麻生さん応援しようや、と言い出して始めた人たちは、意図というか、広い意味でのファン意識みたいなものはあったと思いますが、ここまで広がりを持つとは思ってなかったと思いますよ。いい意味でのオモシロ半分を十分に含んでこうなってると思いますけど。


Q:どういう人たちがこういう運動に参加しているのか?


 それは千差万別でしょうけども、ひとつあるのはよく、麻生支持者こんなものか、とか、自民党好きなやつはこんなに多いのか、的な解釈をされる人が評論家などでよくいるじゃないですか。でも、それは非常に誤った解釈だと思いますよ。たとえばこれ、結果として、小沢さんの本でだって可能性としてはあり得たと思うんですよ。ただ、前提にあるのは何かというと、今のマスコミ報道に対する不信感というか、違和感は根深く共有されていて、それが触媒となってここまで広がった部分はあると思いますね。。これまでいろいろ麻生さんマスコミ中心に批判されてますよね、でも、それってちょっとフェアじゃないんじゃないの?、という感覚は想像以上に薄く広く共有されていたんだと思いますね。


Q:これはこれまでにない、よっぽどのことが起こっているということか。全部の人が自分で代金を払って買っているというのはちょっと信じられない。


みんな実際におカネ払って自分で動いているわけですよ。ネットだとクリックするだけですけど、でも、それだけじゃなくて実際に書店に足運んで買ってる人もたくさんいるわけですよね。そういう雪崩現象が起こっているのは、やっぱりそりゃあ「よっぽどのこと」でしょうね。


Q:どういう欲望が背景にあるのか?


なんでそうなったのか、というと、自分も何かそういう意思表示をしたい、まあ、今回は政治がひとつのアイテムになってるわけですけど、以前は、プロ野球の人気投票である選手に人気を煽ろうや、とか、アニメのテーマソングのランキングあげようや、といったところにとどまっていたんですよ。でも、それが今回、いよいよ政治の局面にまできたか、という感じはありますね。

 ネット環境の変化ってのはほんとに早くて、ブロードバンド環境が普及してからはさらにそれが加速していったわけで、初期のパソコン通信や二十世紀末のネットの状況とはほんとに変わってしまってます。そんな中で、なんというかな、「マス」というか「みんな」ですね、「みんな」を作り出す仕掛けがほんとに良くも悪くも変わってきていると思うんですよ。

 でも、その「みんな」の一部がこのオレたちだぞ、という感覚が、これまでのマスコミ報道じゃ持てない、持てなかったがゆえに、むしろネットなんかを介したこっちの方がオレたちのホントの気分だよ、と、まあ、そんな感覚がすでにあるんだと思いますよ

 。参加しているひとりひとりの人にとっては、政治や思想やそんな難しい話じゃないですよ。でも、なんかしっくりこねえよなあ、という感覚、テレビや新聞は寄ってたかって麻生さん叩いてるけど、でもそれってホントなの? みたいな気分ですね、それがほんとに想像以上に広がりを持ってた。だから、自分たちの気分を表現する手段として今回、これだけの人たちが集中したってところはあるんじゃないですかね。


Q:どういう集団が仕掛けているのか?


だから、結果として集団として見えるだけで、別に一枚岩じゃないですよ。自然発生的なデモみたいなもので、それこそかつての新宿地下広場のフォークゲリラとか、もっと古い話だったら日露戦争の後の日比谷の焼き討ちとか、米騒動なんかとも大きく言えば同じだと思いますよ。

 でも、普通はなかなかみんな実際に腰上げないわけですよ。いままでネットを介してこういうことをやっても、結果は、なんだこんな程度の動員しかかけられないのか、みたいなことがほとんどだったんですけど、でも、今回、ここまで予想以上の広がりを持ってしまったというのは、いわゆるマスコミに象徴されるこれまでの情報環境によって作られる「国民」とか「庶民」、「みんな」意識に対して、なんかそれってズレてるよなあ、という違和感が相当あったのがまず前提でしょうね。それがたまたま今回、麻生さんの本という形で、自分も参加できて、自分の意思表明、態度表明になることをみんな喜んでいたわけですよ。だから、本を買ったレシートを本と一緒に写真に撮って貼りつけてゆくアップローダーなんかも盛り上がってるわけじゃないですか。ああいうこともまた楽しいわけですよ。ネットを介した新たな情報環境におけるこれまでとちょっと違った個人の意思表示の仕方として、こういう現象も出てきたんだと思いますけどね。

 先方の質問の方向性や流れを見てもらえれば、あらかじめどういうスタンス、どういう枠組みで今回のこの騒動を見ようとしていたのか、が、改めて透けて見えると思う。それがいわゆるマスコミ一般の「意志」である、とは個人的には思っていない。むしろ、これまでも何度も言ってきたように、自覚的でなくほぼ無自覚、かつ無意識裡のルーティンワークの一部と化しているのだと再度、痛感する。

 いまどきの「マスコミ」のそういう手口、すでにある意味「文化」と化した無自覚、無意識の日常業務の一端を垣間見るための稽古台として、活用していただければ幸いであります。