情報環境の変貌から

 情報環境の変動が、いまや誰の眼にもわかりやすくそこここに現象として現れるようになっています。本誌の読者諸兄姉ならば言うまでもなく承知されていることでしょう。新聞、テレビ、雑誌……これまで一律に「マスメディア」とひとくくりにされてきた既存の媒体たちの没落は今や隠しようもないくらいの水準になりつつある。それは素朴なマスコミ不審、ジャーナリストや評論家と称する者たちへの嫌悪感といった程度であっても、そこから発して表立って何か立場を鮮明にしてものを言う立場一般に対する信頼が良くも悪くも低下してゆくことを下支えしています。政治、政局をめぐる相変わらずの毀誉褒貶にしても、個別の政治家や政党の右顧左眄ぶりに嫌気がさしているだけでなく、そのような「群を抜こうとする立場」そのものへの「なんだかんだ言っても自分とは関係ないし」という気分を前提にした揶揄の感情が、これまで以上に幅広い層で日常化しているからという面があるように思います。

 同様に、「格差」というもの言いも陳腐なものになりつつありますが、単に経済的な、あるいは地域的な落差というだけでなく、そのような情報環境の変動に伴う「私」環境の相対的な地位の変化が介在してのこと。これまで構築され維持されてきたはずの「公」的なるもの一般に対する「私」環へ境の相対的な愛着というか、いとおしさみたいな感情を確認させる仕掛けとして作用するもの言いでもあるように見えます。

 「私」は連続している。せざるを得ない。どんなに日々の暮らしが苦しくなろうとも、「神さまがお許しになるまでは生きてゆかねばならない」のが人間である限り。けれども、その「私」とは生物としての個体というだけではないのもまた人間。ならばさて、うつろい行く情報環境の内側で新たな状況に見合うような「私」をどのように再編成してゆくのか。その「格差」というもの言いにしても、はたまた既存メディアの没落にしても、ある水準ではそのような「私」の再編成へ向けてのさまざまな動きを引き出している変数のひとつでもあるようです。

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 そんな中、いわゆる地域誌、情報誌といったジャンルの雑誌が軒並み、ここにきて休刊、廃刊せざるを得なくなっているようです。雑誌と言っては漠然とし過ぎていても、こと情報誌という言い方をすれば、それはここ30年ほどの間、新たに興ってきた雑誌のジャンルとして人々の意識に定着してきたものとして、誰もがうなずけるはず。それらがすでに成り立たなくなり始めているらしい。

グルメやショップ情報などを集めた地域情報誌「KANSAI1週間」(講談社)が今年6月に休刊する。昨年から、関西の草分け的存在だった「Lmagazine」(京阪神エルマガジン社)と「Hanako WEST」(マガジンハウス)が相次いで休刊。インターネットの普及で部数と広告収入が激減したのが理由だが、果たして90年代に一世を風靡(ふうび)した情報誌は「絶滅」するのか。

 大阪・梅田の紀伊國屋書店。「関西ウォーカー」(角川マーケティング)を手に、出版社の販売スタッフが法被姿で大きな声で宣伝している。ライバル誌の相次ぐ休刊に、声にも力が入る。

 昨年2月号で、「エルマガ」の愛称で親しまれてきた昭和52年創刊の「Lmaga-zine」、今年2月号で女性向けの月刊生活情報誌「Hanako WEST」も休刊した。そんな沈滞ムードの中で先月、「KANSAI1週間」の休刊が発表された。ピーク時の35万部が最近では約8万部にまで落ち込んでいたという。

 ライバルが次々に消えていく中で、生き残りをかける「関西ウォーカー」の編集長、玉置泰紀さんは「いまの状態はライバルに勝ったというのではないので、現場は危機感でいっぱい。急速にネット環境が整い始め、反比例するように部数は減った。花見や花火大会の情報など毎年同じではダメ。いかに切り口を変えるかが大切」と話す。

 出版科学研究所(東京都新宿区)によると、雑誌の販売総額は平成9年がピーク。同研究所では「ネットの普及だけでなく、クーポン付フリーペーパーの台頭や、中小書店の転廃業など原因は複合的」と分析する。

http://www.sankeibiz.jp/econome/news/100410/ecc1004101809018-n1.htm

 かつての『ぴあ』伝説は、『本の雑誌』や『プレイガイドジャーナル』などと並ぶ70年代半ばからのいわゆる「ミニコミ」勃興期の代表的な新興メディア出世譚の一角でしたが、ここで言うような情報誌はそれら「ミニコミ」出自の雑誌たちよりもう少し後、広告資本のコントロールがはっきりと雑誌メディアの中心に姿を現して以降、あらかじめ商業出版の間尺で新たに組み立てられるようになっていった地域情報誌のことと言っていいでしょう。それらがまた、時代がひとめぐりして姿を消し始めている、と。

 だが、どうでしょう。メディアの盛衰という意味では確かに「終焉」なのでしょうが、少し違う角度から見ると、「地域」「地元」の意味自体が変わりつつあるという気もします。つまりこれは、広告資本を介して消費喚起の端末と化した雑誌メディア、の「終焉」であり、そのようなメディアの演出する「地域」「地元」幻想の後退、ということじゃないのでしょうか。

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 テレビでもローカルスケールでは、たとえば『アド街ック天国』(テレビ東京系列)以下の「地元応援バラエティ」的な番組は意外と堅調ですし、紙媒体でももっと対象地域を絞り込んだピンポイント的な情報誌はまだ何とか健闘している。要するに、日常の生活感覚での「地元」感、既成メディアとの距離を保てる限りでの身についた「地域」感といった部分は、未だこの一連の情報環境の変動に応じて充分に掘り起こされているわけではないと思っています。何より、このような報道においてすでにお約束になっているwebとの対抗関係だけで雑誌メディアを考える悪癖は、雑誌メディア本来の可能性も見失うことにもなりかねない。自前で立ち上がっていった「ミニコミ」の初志が、ある程度の市場を獲得、維持してゆけるようになったところで既存の資本が手を出してくる、というのは、近代におけるメディアの消長で繰り返し見られてきたことですし、何より広告資本によってメディアがコントロールされるようになること自体は、何も昨日今日のことではない。そもそも新聞自体、広告収入によってしか成り立ちようがないという認識は、はるか遠く、明治の昔から言われていることです。問題にすべきは、広告がかつての広告としての間尺を越えて、何か他の役割を担うようになっていった、その過程のことです。そして、その中でどのように初志が、本来メディアをこさえて立ち上げようとしてゆく第一歩で抱かれていた夢や理想が、当事者たちの思惑を超えたところで別のもになっていったのか、そのなりゆきについての当事者の目線からのつぶさな自省です。

自前でメディアをこさえる、ということへの情熱がどんどん衰えてきて、今やデスクトップで何か情報発信ができることは信じられないくらいラクになっているにも関わらず、何か自前でものをこさえて立ち上げ、その中で何ものかを発信してみようと思い立つ、その最初の情熱が忘れられている。

 こういう広告資本経由でもたらされたメディア表現の変換というのは、実はガクモンの世界でも深刻でした。ああ、まだそういう世界観、価値観のまま同じような仕事の手癖をあまり反省もなく続けているんだろうなあ、というのが手にとるようにわかる誌面というのが、たとえば地元限定の得体の知れない雑誌として遭遇したりする。「エコ」と「スローライフ」と「グルメ」あたりがテイストとして基調にあって、多少は政治的に何か旗幟鮮明にする必要があるなら、もう無条件でリベラルないしはプロ市民系のもの言いの定番を繰り出すばかり。時に国際情勢みたいなものに色気を示して見せても、ピースポートか海外青年協力隊並みのお粗末なジャーゴンでひとくくりにして得々としている始末。それは大手出版社が未だに繰り返しているルーティンの劣化コピー、いや、劣化というよりもむしろその倍率だけ変えてのコピーアンドペーストのようなシロモノ。そういう意味でも大手からミニコミまで、「雑誌」というイメージそのものからしてものの見事に均質でのっぺりしたものになっていることに、改めて愕然とします。

 フリーペーパーやそれに類するパブリシティ系の雑誌形態のメディアならば、その手癖は未だに残存、機能しています。たとえば、高速道路のサービスエリアなどに無造作に置かれているフリーの媒体や、今は昔になりつつある飛行機の機内誌の類など。地元のおいしい店や話題の新製品を紹介しながら、こじゃれた写真やデザインで誌面を構成、本文の文章はというとこれまた当たり障りのない垂れ流しの寸止め仕事ばかり。そういう仕事をうまくソツなくこなし、まわしてゆくための編集プロダクションやデザイン事務所、はたまたカメラマンのお助け連盟みたいなものがあちらの都市、こちらの町にまでうそうそと簇生し、「雑誌」というメディアの内実をみるみるうちに変えていった、その過程自体をゆっくりと振り返ってみるべき時期だとも思っています。雑誌のおもしろさ、わくわくしていた感覚をどうやって伝承してゆけるのか。それは残されているブツとしての雑誌だけでは不十分で、それらを実際につくり、まわし、そして読んでいた個別具体の体験、見聞をたっぷりと補助線として装備しておかないことにはできない相談。だからこそ、情報環境の変動を確かに見据えた「歴史」への視線が切実に求められています。