静かな身体が静かにひしめく

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 近所の子供が血相変えてとんできた。駅の近くのゲームセンターで「不良」に囲まれ、どこかへ連れてゆかれそうになったという。

 中学生だ。友だち二人と遊びに行っていた。相手はいくらか年上の、髪の毛を染めた六人連れ。カッコよくやりたい年頃の、よくある「カツアゲ」というわけだ。

 どういうはずみか、彼ひとりだけが逃げられた。残ったふたりの友だちのことも気にはなるし、といって、自分でなんとかできる自信もなし、彼はまっしぐらに交番に飛び込んだ。そして、そのあと自分の家に飛んで帰ってきた。

 なんの変哲もない住宅地、昼日中から家でブラブラしている男など、僕くらいのものだ。シュンとしている彼といっしょにそのゲームセンターに行ってみた。

 駅から百メートルも離れていない、ごくありふれた店だ。表には自転車がひしめきあっている。狭い店内には小学生から中学生くらいのガキどもが二十人ばかりたむろしている。店員は顔色の悪い四十がらみのオッさんがひとり。だが、この中で彼の言うように「不良」に囲まれたとして、ちょっと大声を出したり、もみあいになったりすれば、止めに入るヤツはいなくても、まぁ、たちどころにまわりから見られることは間違いない。

 ヤクザでも何でもない。そこらのアンちゃんたちのカツアゲだ。いずれ遊ぶための小遣い銭欲しさ。第一、中学生を狙っても持ってるカネはせいぜい千円あるなし。誰でもいいのだ。ちょっと根性見せて卵型に構えれば、それでもこいつから巻き上げようというこだわりなどどこにもないことはすぐわかるはずだ。まして、まわりからいっせいに意識され、注目されれば、たとえそれがほとんど抑制力のないブロイラーのような視線であったとしても、それでもなお強引にどこかへ連れて行こうとする、そんな力など昨今のガキにまずあるはずがない。

 なのに、彼も、そして彼といっしょにその場にいたふたりも、声ひとつたてられなかった。近くの公園へ連れて行かれ、場合によってはゲンコツのひとつふたつもらって、ふところの小銭を取り上げられる、そんなのはイヤだ、という明確な意思表示もしなかった。

 蚊の鳴くような声でようよう答えた彼の説明はこうだった。

「だって、声出すのはみっともないから……」

 声を出すことがみっともないという感性がある。十四や十五の、一夜眠るごとに細胞が音を立てて分裂してゆく、生きものとしてのそんな息苦しい季節に、しかも、自分の身体が直面している「イヤだ」と言わざるを得ない状況において、なお力いっぱいその「イヤだ」を表現できない、むしゃぶりついてゆけない、そんな身体がある。

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 もうひとつエピソードを紹介しよう。

 コミケットに行ったことがある。マンガの同人誌の全国規模の展示即売会だ。今はもう幕張メッセで開かれるようになったが、これはまだ晴海の見本市会場でやっていた頃のことだ。

 取材だった。このテのおたくカルチュアに対する生理的な嫌悪感がぼくには強烈にある。なぜ、と口とがらされても困る。虫が好かないものは虫が好かない。いや、正確には「勝手にしやがれ」なのだ。生ッ白くふくれ、世界と対峙できない焦点の合わない眼をしたツラがゾロゾロあやふやに歩いている、それだけで白昼なにかイソギンチャクかカイロウドウケツの大群に出くわしたような気分になり、はじけた水道の蛇口のような勢いで血中のアドレナリンが増えてゆくのがわかる。いっしょに行った編集者などはぼくのそんな性癖を先刻ご承知で、「キれそうになったら早目に言って下さいよ」と釘をさしていた。

 十数万人の「若者」が真夏の照り返しの中、静かに、実に静かになにごともなくひしめきあっていた。それはまぁいい。主催者側の係員たち(ほとんどがボランティアだというが)が、その内部の「スタッフ」であることだけで擬似的当事者性にのぼせあがった表情と身ぶりとでボテボテかけずりまわる姿が正視に耐えなかった。それもまぁ言い。あまり偏差値のよろしくない高校の、巨大な文化祭だと思えば、それなりに納得もできる。また、そのチャチな文化祭を、本気かハッタリか知らないが「若者たちの自主的な祭」などとぬかして提灯持ちをやり続け、いっぱし若者文化の擁護者、あっぱれ文化人ヅラするバカも少なからずいること、そしてそのビョーキをきっちり批判できることばもメディアも場もなくなっていて「若者万歳」の垂れ流しになっていること、それらもろもろもこの場に限りなんとか見逃してやってもいい。

 だが、よく考えて欲しいのだが、これだけの数の若い衆がカンカン照りの下ひしめきあい、それも地方から上京し、前日から徹夜で並んだりするのもかなりいる中、ロクにケンカももめごともない、というのはいったいどういうことか。繰り返すが十数万人だ。その日、甲子園の高校野球には六万人の観客がいた。だが、同じ日の同じ頃、晴海にはその倍以上の「若者」がうろついていたのだ。それでいて、警察の警戒態勢など皆無に等しい状態。申し訳程度にカマボコ車が一台、場違いのようにはずれに停まっているだけで、専門のガードマンも、私服らしき姿も、ロクに見当たらないのだ。

 「管理・運営」という意味では、ほぼ完璧なまでのアウトノミア。「自主管理」というのはこの国ではもうこういう悪夢としてしか立ち現われないのかも知れない、と思った。

 不特定多数の人間が具体的な集合としてある状態、しかもそれが眼のあたりにできる「量」の光景としてあることは、制度にとって最も忌避すべき状態のはずだ。かつて「群集心理」ということばに込められていた漠然とした恐怖は、まさにそのような制度としての恐怖と確実に重なりあっていたはずだ。動くもの、群れるもの、確定できないもの、増殖するもの、跳ねるもの……それらは世間のすみずみにまで近代の網の目が張りめぐらされてゆくその上で、常に文字ないしは文字的メディアによって捕捉され、記述され、取り扱い可能な形に変形されて、制度の内側に登録されていった。今やこの国では死語になりつつある「革命」ということばも、そのような「量」と「群れ」にまつわる想像力をエサにたっぷりとたくましくなっていった。二十世紀が(少なくともその前半において)革命の時代だった、というのは、そのような「量」と「群れ」の独裁が目に見える形で意識に刷り込まれ、浸透していった時代ということだ。 しかし、ここにはもうそのような「量」の、そして「群れ」の恐怖を喚起する現実はない。何万人、何十万人集まろうとも、それは浜に打ち上げられた鯨の群れよりもまだなんでもないものにすぎない。

 同じことはライヴハウスにも言える。いくら客が入っていても、そしていくら客がノッているように見えても、場に宿るアウラ、その日その時その場所に居合わせていることに縦横無尽に交通の回路が張りめぐらされ、器以上の力をはらむことはない。

 もちろん、ふやけたりとは言え一応はまだナマ身の人間だ。ピョンピョン跳びはねてりゃ汗もかくし、腕突き上げてりゃそれなりにポッポしてくる。しかし、そんな身体生理に根ざした昂揚が、場のメカニズムの方に向かって組織され、立ち上がり始めるはずのある深い可能性とガッチリとクラッチミートしてゆくことは絶対にない。武道館あたりのいくらか大きなハコではまれに「事故」がおこったりもするが、それは工事現場に山と積まれたコンクリートブロックがおのれの重さに耐えかねて崩れた、ただそんな物理的な仕掛けに収めてしまえる匂いのできごとに過ぎない。音ですら、身体を動かし、組織してゆくようにはなっていないのだ。

 身体の衰弱はまず足腰にくる。あらゆるノリが悪くなる。音楽の能書きにはシロウト同然だが、おのれの耳と身体に根ざした独断と偏見で言えば、今、「ロック」と称するこの国の音楽には腰の強いリズム体を持ったバンドが見事にない。うわずったようなリズムを神経症的に叩き出すことはできても、おのれの身体をくぐらせたまるごとのうねりをモノにする、そんな覚悟を決めたアンサンブルにはまずお目にかかれない。少しいい感じのバンドが出てきても、繰り返しギグを重ねてゆくうちじきになめされ、自分たちの身ぶりを自分たち自身でなぞってゆくような無残をさらし始める。あれはいったいどういう仕掛けになってるのか、どうにも不思議だ。形ばかりのロックはあっても、肝心のロールが蒸発しちまってるのだ。

 役者にしてもそうだ。いたずらに身体を鍛え、発声練習を繰り返していても、その声にどのようなノリを乗せるか、どのような力を込めてゆくか、その部分で完璧に上滑りさせられている。ブームと言われて久しい小劇場シーンからイキのいい役者が出てこないのは、最もミクロの次元では、こんな時代を背後にしょった身体の変貌が大きく作用している。 少し前までは、場を巻き込んでゆくことのできる広さというものが、確かに知覚されていた。芝居の現場に出入りしていた経験から言うと、キャパ百人くらいの小屋がいい。キャパ百人をひとりで巻き込んでゆけない役者は、およそ使いもんにならない。逆に、キャパ百人を巻き込んでゆける役者は、どんな大劇場でも商品になれる。なぜなら、大劇場になればなるほど、演出や照明や、その他の専門職たちが腕によりをかけて身体の貧しさをごまかすことができるからだし、また事実、そのような仕掛けがあって初めて五百人、六百人というハコでの上演が可能になる。

 それは、おそらく煽動の技術、その気にさせる技芸の衰弱につながる。また、一方ではそれはノリのいい読みのできる身体の衰弱でもある。読みと語りとは表裏一体とまでは言えなくても、かなり近しい関係にある。よく読めない身体は決してよく語ることはない。わが業界に引き寄せて言えば、書かれたものもきちんと読めないヤツが、いいフィールド・ワークなどできるはずがないというのと同じだ。

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 今、世に「祭」という記号を盛る器は腐るほどある。大小とりまぜてよりどりみどり、需要に応じて変幻自在、いくらでも作り出せる。だが、肝心の身体がすでにない。ヘタに人を集めたらどうなるかわからない、というそんなゾクゾクする緊張感は「イベント屋」と称する連中には希薄だ。とりもなおさずそれは、いかに「伝統的」と思えるような記号を身にまとい、いかに学者や文化人たちがそれらしい能書きを振りまいていても、そこにあるのはそのように「祭」という意味を商品とするためのあらかじめ整理され、刈り込まれた約束ごと、段取りにすぎない。物理的にある程度の生きものが集まっている中、一定の運動量を負荷としてかけることで汗をかき、身体が熱くなる、そんな純粋に個の身体生理の次元での生体反応を、もういきなりの早上がりで「神」だ「宗教」だといった記号の方へ向かって半ば自動的に意味づけてゆく、その仕掛けの方がよほど気持ち悪いものだと思う。

 ゆえに、今、この国において喧伝される「伝統」とはことごとく大ウソであり、あらゆる「祭」とはそのような包み紙に包まれた商品にすぎない。それでもなお、そんな大ウソやそんな「商品」――たいして質の良い商品ではない――に安心したい、というのならそれで結構。世の中丸く収まるってもんだ。だが、何の因果か「民俗学」なんて肩書きをくっつけて世渡りしなけりゃならなくなったこの身にとって、そんな情けないペテンに加担することだけはしない、というのが最低限の倫理、守るべきスジだと思っている。たとえ、世の「民俗学者」全てがそんなうるわしい「伝統」と「祭」の言説を喜々としてばらまくようになっても、そして世の誰もがそれを喜々として受け入れるようになっても、ことあるごとにこのことだけはわめき続ける、そう覚悟を決めている。

*1:『ナーム』という雑誌の掲載原稿。確かお寺関係の雑誌だったような……。