民俗学の現状と未来

 10月から職場を変わった。

 こまごました経緯など他人様は知ったこっちゃないだろうから省く。元いた職場には足かけ五年いたことになるけれども、まわりの方々の思惑はいざ知らず、少なくとも自分としては居心地のいいような環境を作ってきたつもりだったし、はばかりながら亀の子のように身すくめつつもずっと勤め続けるつもりでもあったので、転勤を決心するまで正直かなり悩んだ。とは言え、僕のような人間でも逃げられない関係というのがどうやらあるらしくてね。立場として逃げられないものは、ひとつ腹くくって引き受けなきゃしゃあねぇ。

 で、その変わった職場の第一日目、辞令交付もそこそこにいきなり上司に呼びつけられ、民俗学の現状はいったいどうなっているんですか、と、ご下問された。*1

 はたと困った。

 ここ十年あまりずっと言い続けてきたように、この国の民俗学はすでに脳死状態。学会組織は事実上機能停止。イキのいい若い衆を集める力も、それだけの魅力もない。民間企業ならとうの昔に倒産している。だから、今どきしゃあしゃあと「民俗学」の看板上げてる奴は、かくいう僕も含めてよほどの確信犯か、な~んも考えてない、考えられない大馬鹿野郎かのどちらか。まぁ、現実には後者がほとんどなんだけど。

 現状ったってそんな具合だからいかに大上段に振りかぶられても答えようがない。しかし、それじゃ話にならないので、民俗学はこの先、玄人の中で素人になるよりも、素人の中の玄人になることを選ぶべきでしょう、とだけようやく返答して引き下がった。

 でも、本気でそう思うよ。かつてこの国の民俗学に何か学問の玄人たちを瞠目させる凄味があったとすれば、まさにその「アマチュア」の、自身は「無学無知」のまま「知」を強引に構築してしまう天真爛漫な怪力ぶりだったはずだ。それを、そんな「野の学問」の本領を自覚しない“学問ごっこ”で見栄張り続けてるんじゃ、そりゃお先は真っ暗だ。

*1:当時の石井進館長。そこらの民俗学者など全裸で逃げ出さざるを得ないほど、少なくとも柳田國男とその民俗学の経緯来歴について「詳しい」御仁。山口昌男御大の東大国史時代の同級生?と聞いてはしたが、翁面のような笑みと共にいきなりこのご下問、「あ、これホンモノだ」と即座に理解、正直ビビッた。