小指の誓い

 

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 カラオケのマイクでもいい。喫茶店のコーヒーカップでもいい。持つ手の小指をちょいと立てる、あのしぐさはかなり目に立つもので、キザったらしいしぐさの代表のように言われたりもする。だが、あれは他の指ではない小指ならではの、何か微妙な雰囲気というのも確かにある。 立てた小指で女性を表わす習慣もある。「あなたが噛んだ小指が痛い」と歌った伊東ゆかりの歌も思い起こされる。いや、何より“指切りげんまん”というしぐさ、ありゃ何だ。仁侠の世界の住人たちが時に小指を詰めねばならなくなることも、今や誰もが知識として知っている。

 しかし、かつては女たちも小指を詰めた。そこらの普通にいる女たち、ではない。芸者と呼ばれた玄人の女たちである。客の気持ちをつないでおくために、自分の気持ちを形にしてはっきりさせるために、彼女たちは小指を切り落とした。誓いごと、と言った。

「剃刀の刃を立てた上へ小指を載せ、その上へ船底枕をそっとあてがって、自分のあたまを枕へ叩きつけ、あたまの重みで切り落としたといふ話を、ある芸者に聞いた。金盥の中に手を入れ、小指の上へ剃刀をあてがって、その上へガーゼ、タオルの類をかぶせかけ、何にも知らぬ舞伎に云ひつけて、力任せにかぶせものの上から叩かせたといふ実例も聞いた。」

平山蘆江『芸者花暦』昭和九年

 入れぼくろもやった。互いの手を握り、相手の親指と人差し指の間に自分の親指の指頭が当たる、その部分にぽつんと一点、ほくろを入れる。さらに深刻なものになると、からめた腕の二の腕の交叉したところや、抱き合った互いの背中に入れる。お灸の灸点をおろすやり方と似ているように思うが、そのへんはまだよくわからない。ただ、身体に異物を入れる、そのことによって何かが堅まり、確かなものになってゆく感覚というのはあったらしい。その一方では、指切りや入れぼくろをするまでの仲になるといつの間にか縁が切れる、とも言われていた。

 指切りはともかく入れぼくろの方は、中学時代、小指の爪だけ少し伸ばしておくことと共に、阪神間のやや素行の良からぬ連中の間で流行っていた。だが、こちらの方はもはや特に色っぽい意味のあるものでもなくなっていた。いまどきの若い衆も女の子とふたり連れで街歩きの際、互いの腰に手を回すのを「X攻撃」、肩を抱きあうのを「M攻撃」などと呼びならわしているけれども、さすがに入れぼくろまではしないようだ。

 さらに時代をさかのぼれば、髪を切ったり爪をはがしたりの誓いごともあったらしい。とは言え、日々の稼業のこと、いちいち自分の髪や爪を切るともたないので、それら誓いごと用に死人の爪や髪を切り取って売りに来る業者もいた。また、遊女の中に爪はがしがうまい子もいて、頼めば痛くないようにはがしてくれた由。近松門左衛門の『好色一代女』にも、小指を噛み切りその血で手紙を書いた太夫の話が出てくる。世間のしがらみの中、危うい均衡を保ちながらようやく自分の輪郭を支えて生きてゆくのが世渡りの当たり前だった頃、個人の「気持ち」とはそのような血によって表象されるべき何かのっぴきならないもの、であったようだ。ただ、どうしてそれが敢えて小指である必要があったのか。

 大正の初め、大阪に千代葉という若い芸者がいた。富田屋の八千代という一世を風靡した芸者を姐さんに持ち、立派な旦那もついて将来を期待されたが、茶屋同士のしがらみから旦那をしばらく遠ざけられたことに怒り、自分の気持ちを伝えるため小指を切り、その切った小指を旦那に小包で送りつけた。いや、玉突き場にいた旦那に自ら届けた、という説もある。歳はまだ十六。いずれ中森明菜のような勝気な少女だったのだろう。

 これが「事件」として人々の口から耳へ広く語られていった。ということは、当時すでにもうそのような“誓いごと”は異様なものになっていたのだろう。事実、これがもとになって千代葉は八千代姐さんにも愛想をつかされ、大阪から東京へ鞍替えする破目になっている。

 こんな都々逸もある。千代葉の事件からまた少し後、大正末年のものだ。

 町内にカフェが出来たと淋しい耳に

 ジャズを聞いてる置ごたつ

 当時、新たに出現したカフェーは、それまで「遊び」に伴っていた礼儀作法の面倒臭さをとっぱらい、何ごとも簡便にビジネスライクに、という明快な論理に支えられていた。と同時に、玄人でない、ただの素人の女たちが次の日から店に並んで男たちの視線の前に身をさらす、その「親しみやすさ」もまた売りだった。そんな中、“芸”を表芸にする芸者を相手に遊ぶことのしちめんど臭さを愉しむだけの、カネとヒマとに裏打ちされた「遊び」の余裕は徐々に失われてゆく。それは「遊び」のファストフード化でもあった。おそらくは後の「隣のマリちゃんのような」という形容につながってゆくはずの、“いい女”像の変貌がゆっくりと始まる。もちろん、おのが小指を切り落として「気持ち」を形にするような関係も、それをよしとする価値観も場も、その頃から少しずつかすんでいった。