シンザンとその時代

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 これは今週当然リストアップされると思っていたのだけれども、うーん、やっぱりこういうニュースは今どきちょっととりあげにくいのかなあ。 何がって、ほれ、かつての五冠馬にして当年とって36歳という驚異の長寿記録を保持していたサラブレッド、シンザンの大往生である。知ってます? シンザン。ものすごく強い馬だったんですよ。僕も何度か牧場でお眼にかかったことがあるけれども、とにかく誇り高いジイさんという感じでね。初対面から思わず帽子をとって最敬礼してしまうような威厳があった。あれ、こういう印象の持ち方ってなんか昭和天皇みたいでもあるな。なぜなんだろ。

 亡くなったのが確か先週の土曜日。たまたま週末だったこともあるのだろうが、それにしても、今どきの世間の最大公約数にとっちゃシンザンももうすでに過去の英雄ということなんだろうな。

 まあ、それも致し方ない。なにせシンザンが現役で活躍したのはちょうど東京オリンピックの頃。一九六四年だから今から三二年前。少なくとも四十代後半から上のオールド競馬ファンでないと、現役時代の彼の走りを見たことはないはずだ。もちろん僕も同じ。「強い馬」の代名詞としてシンザンの名前をまず音として耳から記憶してきた世代に過ぎない。

 ただ、これは以前から言っているのだけれども、そんな僕の意識の中で、シンザンという存在はあの高度経済成長期を頑張って黙々と働いた昭和ひとケタ世代のオヤジたちの姿と重なって仕方がないのだ。「豊かさ」を具体的なものとして夢見て、そしてそれが「幸せ」と必ず結びつくものだと信じてとにかく身体を張ってやってきて、今はもう第一線からリタイアして自分たちのやってきたことを改めて見つめてそれぞれ遠い気持ちになり始めているに違いないあの世代と。

 ああ、シンザンがとうとう逝ったか、という感覚は、きっとそういう世代にとってこそ切実だったはずだ。それこそ石原裕次郎が亡くなった時と同じくらいの感慨で報道に接したオヤジたちはきっと全国数十万人の単位でいたと思う。でなきゃ、このニュースランキングはともかく、スポーツ紙から夕刊紙あたりまでがかなり大きく紙面を割いて報道していた説明がつかない。

 まあねえ、中学の先生が教育実習に来ていた女子大生を強姦するわ、元教え子に婚約破棄された高校の先生はその子を脅迫するわ、中高校生をモデルにしたヌードクラブはあってそこの客には先生や公務員が混じるわ、シンザンと同時代を生きたその世代の日本人のものさしからすれば、それっていったいどこの国の話やねん、てなことになるに違いないニュースばかりだもんね、最近って。