伊藤穣一さん 後編 

  二十代にして今の日本のインターネットまわりの世間じゃみるみるちょっとした顔になったという時代の寵児伊藤穣一さんにお話をうかがっております。そのとんでもない最先端ぶりの一端をさらにたっぷりお楽しみ下さい。

――インターネット以前に、今の日本人の大多数がまずコンピューターそのものにそれほどなじむと思いますか。
伊藤 今のパソコン市場の伸び方ではインターネット市場の伸び方はフォローできないから、テレビとかゲーム機とか携帯電話とかカーナビとか、いろんなデバイスとインターネットをつないでゆく。炊飯器やエアコンとか……
――(驚く)あの、炊飯器とインターネットをつないだら何かいいことあるんですか?
伊藤 (全く動じない)会社から炊飯器のスイッチを入れられるし、エアコンと連動して部屋の温度調整もできる。みんな気がつかないだけで、家の中の電気製品はインターネットとつなげば実はものすごく便利になるんですよ。
――(改めて呆然)炊飯器以外でもそうですか。たとえばヒゲソリとかは?
伊藤 (大真面目)ヒゲソリだけじゃなくて風呂場や洗面所にあるものって医療関係とつながると、たとえば一日のヒゲの伸び具合で健康状態を教えてくれたり、血圧や体重を測ってくれて主治医のコンピューターにデータを入れてくれたりする。
――それって大きなお世話ですよ。医者ぐらいてめえで行きますって。
伊藤 いや、もちろんプライバシーの問題とかあるけれども、でも、生活の中で自分の情報がどんどんコンピューターに蓄積されていって医者に行かなくても健康管理ができて便利でしょ。
――なんかコンビニのPOSシステムに近くありません? 悪夢だよ。
伊藤 コンピューターに限らずテクノロジーってのは良いことも悪いこともパワーアップさせるから、美学とか哲学とか含めて変わってゆくことを理解して進んでゆかないと悪いことになる可能性はあります。問題はそれを主導するのが国なのか企業なのか個人なのか。個人のデータを自分で守ってアクセスするのと、知らないでデータをとられるのとでは大違いですからね。
――ならば、それを誰がどのようなレベルで考えてコントロールするんですか。そういう試みはあるんですか。
伊藤 アメリカでは「コンピューターサイエンティスト・フォー・ソシアルレスポンシビリティ」という社会的責任を意識したコンピューター専門家の組織があって発言してますし、「エレクトロフロンティア・ファウンデーション」という国のためじゃなくて個人の自由のために法律を運用するように働きかける団体もあります。あと日本では、僕が郵政省の委員会で一生懸命発言したりしてるし。
――ほお、郵政省の委員会に関わってらっしゃる。
伊藤 ええ。日本はCIAとかKGBとかないから個人のプライバシーに関する情報をヘンに処理しない文化なんです。その意味で郵政省は通信のプライバシーを守る方向で進んでて、とてもいい方向だと思いますね。
――どういう経緯でそんな委員会に声をかけられたんですか。
伊藤 よくわからない。たまたま電子マネーの決済とかについて講演したり論文書いたりして僕が情報を持ってそうだったからかな。でも、あ、ラッキーって感じで(笑)。
――なぜ、ラッキーと思いました?
伊藤 そういう僕みたいな声がないと、日本ではみんな個人のことなんか考えないじゃないですか。
――ちなみに、その委員会のメンバーってのはどんな人たちですか。
伊藤 野村総研の所長さんとか、中央大学の辻先生や東大の月尾先生とか。みんな頭良くていろいろ考えててわかってはいるんですけど立場的に動けないって感じですね。日本って個人では優秀な人はたくさんいるけど組織が個人より力持ってしまって個人では止められないシステムになっちゃってる。戦後の日本を作った時に政治と経済と行政を合体させて効率良くして、だから急成長できたけど今度はブレーキがかかんなくなってる。このままじゃ向こう十年以内に情報産業にシフトできなくてクラッシュしちゃうでしょうね。
――そういう日本についての歴史観や文明観に関するような知識は、どういう経路で取り入れたんですか。
伊藤 新聞読んだりいろんな人と話したり。たとえば西さんや孫さんやシャープの佐々木さんや松下の早川さんやライシャワーさんや、あと興銀や三菱商事の人とか、そのへんの“頭いい系”の人の今の悩みごとを聞くと大体このへんかな、って感じなんですね。あとはディスコの経営やテレビの現場で若い子たちの話を聞いたりね。

 いやはやおっかねえなあ、というのが正直な印象だ。八〇年代に二〇代を過ごした身としてはいつか見たスカとも思うし。まあいいや、勝手にやってくれ。近い将来派手にブッつぶれた後にもう一度どこかで冷静な昔話ができればありがてえ。つきあいはその後だ。