有限会社「インフォトランス」社長 千田丈慈さん

 インターネットのプロバイダーの会社を始めた若い人がいるんですけど、会いませんか、と編集のO氏。そりゃいいけど、それこそ昆虫みたいなツラしたデジタル思考のいけすかないガキじゃないの、とわれながら情けないほどベタなオヤジの偏見丸出しで構えて訪ねてみたら、ドアを開けて「どうも」と出てきたのはラモス似のいい男。あれま、こりゃちと様子が違いそうだわ、とい面食らったあたりから、バチあたり企画の第二回目はこの弱冠二二歳にして有限会社「インフォトランス」社長千田丈慈さんに話を聴いた一席を。

――いつから会社を始めたんですか。

千田 去年の十月二十六日に設立しまして、年内は試験運用期間でタダでやってみたんですが、メドがついたんで今年から正式に営業を始めました。

――間抜けな質問ですみませんが、「プロバイダー」というのはわかりやすく言うとどういう仕事なんですか。

千田 (立て板に水、実に見事な初心者向けの説明をひとしきりしてくれて)つまり、インターネットにつながる蛇口を持ってて、インターネットを使いたいユーザーをつないでおカネをもらう商売だと思って下さい。

 事務所の所在地は都下三多摩国分寺の駅から徒歩数分。推測築15年くらいの古いマンションの西北隅の一室が事務所兼寝ぐら。「陽当たりが悪い方がコンピュータなんかにはいいですからね」とのこと。言われてなるほどだけれども、そうか、不動産屋のみなさん、条件の悪い物件はこういう意外なニーズがあるようですぞ。

――でも、どうしてまた国分寺で。

千田 いや、プロバイダーをやろうと思った時、東京近郊の市外局番で商売が成り立ちそうなのがこのあたりだったんですよ。光ファイバーの回線も近所にあるさる施設のおかげですぐ引いくれましたし。

――こういう会社が増えたのはいつ頃からなんですか。

千田 ここ一年ですね。でも、今はほとんどバブル的な状況なんです。実際、二か月に一回ぐらいプロバイダーやりたいからアドバイスしてくれ、なんて連絡があるんですよ。レンタルビデオの会社やってんだけど、みたいな人が多い(笑)。そういう時は商売ですからノウハウを教えますけど、でもプロバイダーはこの先もう儲からないと思いますよ、とはっきり言ってます。

――儲からないんですか。

千田 今、うちはインターネットとの接続料を月に定額千七百円でやってて、これは他の会社よりぐっと安い価格設定ですが、向こう一年くらいの間にNTTが参入して価格破壊が起こりそうなんです。うちの社員は全部で七人で、給料なんてひとり五万円とかの世界なんですよ。好きだからやってけるってことと、学生だからですね。

――だったら、なぜわざわざ有限会社にしたんですか。

千田 うちは小さい頃から試験でいい点とったら母親が小遣いくれてたし、とにかくカネに換算しないといやだって感覚が当たり前になってたんですよ。だから、商売にしないと甘えが出ると思ってましたね。他の会社だと形がユーザーの互助会で中身は会社と同じみたいなのもあるんですが、うちは形が会社で内容はクラブ活動なんです(笑)

――今、お客さんはどれくらい?

千田 百四十人くらいですか。一日三人か四人くらいずつ増えてるところです。電話回線を別にすれば二千か三千人くらいまでは受けられると思いますが、うちは一回線十五人までという鉄の掟があるんですよ。

――それはまたどうして。

千田 自分たちが回線自由に使えなくなるのはいやだから(笑)。コンピューターだってほとんど持ち寄りや古いもので、会社のカネで買ったのはサーバだけですよ。

――将来に不安はないですか。

千田 コンピューターは日本の保守中道になってゆきます。これはもう間違いないことなんです。だから、別に焦ってもいません。ただ、プロバイダーが儲からないのはもう十分わかりましたから。将来はソフトハウスを作りたいですね。でも、別に日本で一番大きくなりたいとかいう欲はないです。多摩・武蔵野で一番有名というくらいの会社がいいですね。

 都内中野生まれの中野育ち。二二歳だというけれども、世間にもまれたタフさが明らかに感じられる。聞けばポルトガルとのハーフ。こりゃラモス似も当然だわ。

 小学校の頃からコンピューターをいじっていた生粋のパソコン第一世代。高校中退でいろんな商売を点々とした後、結局自分のできるのはこれしかない、と、女手ひとつで育ててくれたおふくろさんからの借金で始めた事業だ。そのおふくろさんもコンピューターをいじり始めている由。いい話だ。

 「僕は学歴もないし片親だから、とにかく自分で何かやって親方になるしかないと思うんですよ」と自分の条件をはっきり自覚した健康さと、ゼニカネのリアリズムにきっちり足つけた確かさで、今どきの電脳詐欺のうわつき具合から距離を置く知恵を持っている。

 こっちが事務所に行くというのでわざわざ折りたたみのイスを二脚買って、しかもスーツを着てくれて待っていてくれた。いつもそんな格好してないんでしょ、と言うと、してませんよ、と悪びれず答える。だって、今だから言うけどさ、ズボンのチャックが半分開いてるんだもの。今度はもっと普段着で話を聴きたいと思った。