『失楽園』を嗤う

 巷では『失楽園』がえらい評判だそうであります。
 言うまでもなく、渡辺淳一サンのベストセラー小説でありますが、映画化されたものも昨今の日本映画には珍しい大ヒットとか。それはそれでまあ、結構なことであります。
 ただ、小生こういう流行りものに対しては昔から鈍感で、ましてこの春からは恥ずかしながらプータロー状態でありますからなおのこと、外を出歩くとカネがかかるからなるべく家に閉じこもって以前買い込んでたまっていた古本を寝っころがって読むのが日課というていたらく。だから、そういう世間の流行りものの風向きなんてのも、仕事がらみを別にすれば、まずたまさか耳にする話の聞きかじり読みかじりでしかなくなってて、当然そのためにえらい恥をかいたりする。現にこの『失楽園』にしても、なんでも中年男女の不倫と心中の話だとは聞いていたから、へえ、そうか、だったらなんかそういう名前の焼肉屋が舞台なのかいな、とか勝手に想像したりしていたのだが、すんません、きっと違いますね。
 主人公だという中年編集者のモデルは、実はかつての『週刊文春』の名物編集長にして今は朝日新聞社で『uno』という女性月刊誌の編集長を務める花田紀凱サンである、てな噂もあちこちから耳にする。ひどいのになるとご本人自らそう言いふらして回ってるという話まであって、いやはや、もう何が何やら。
 読んだことも見たこともない小説や映画に文句つけるのは反則だけど、でも、おおっぴらに「不倫」の映画を観に行ってうっとりしているニッポンの大人たちってのも、考えたら情けないものがある。ニキビ吹き出した中学生じゃあるまいし、みんなそんなにセックスに興味あるんかあ?どんなにキレイに描こうが、「不倫」なんていずれ現実にはドロドロで、当人たちはともかくはたから見れば単にみっともないってだけの事態がほとんどのはず。「大人の関係」なんて意味深なもの言いもあるけど、それが本当に抑制の効いた、それこそはたから見ても気持ちの良いものになるためにはかなりの修業と覚悟が必要なわけで、何より、それはセックス一点だけに集約された勘違いの上にいきなり成り立つようなものでもないだろうと僕は思う。自意識が不用意に肥大しきって、しかもそのことに自覚がないという「自分」の身じまいの悪さが最近、若い世代に増えているけれども、中年までも同じビョーキにかかり始めているのだとしたら、これはこれでまた大きな問題だと思う。
 僕は「援助交際」なんてぬかす手合いが大ッ嫌いで、そんなものまず「売春」とはっきり言うたらんかい、というのが持論。それと同じで「不倫」も軽々しく口にする感覚ってのもわからない。何も道徳家ぶるわけじゃない。そんなものおおっぴらに言うことでもないだろう、というだけのこと。縁側で陽なたぼっこするような「茶飲み友だち」で「自分」を安定させる知恵ってのも、かつての日本人にはあったはずなんですけどね。

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*1:サンデー毎日』連載原稿