駒子賞の激闘

 少し暗くなってきた空から、ぽつりぽつりと雨が落ちてきました。何やら高速道路にも似た地下の馬道、高い天井に響く声はやはり女性のものです。表彰式の行なわれるウイナーズサークルへと向かうスロープからスタンドのろくでなしたちの前に出てゆく、そのほんの少し手前のところで、みんな申し合わせたように立ち止まって、さっきまでの競馬で乱れた勝負服のすそを整えたり、はねた泥をささっとぬぐったりする、そのしぐさもまた、やっぱり女性、なんですねえ。

 一二日、新装開店の新潟競馬場で行なわれたスポニチ杯第一回駒子賞。全国女性騎手招待ということで、中央も地方も含めた女性ジョッキーたちが一同に会してのシリーズ戦でのひとコマです。

 もともとは卑弥呼賞といって、九州競馬の呼び物でした。去年は、この四月に市長の一方的な「廃止」宣言で今も大騒ぎになっている中津競馬で行なわれていたのですが、そういう寝耳に水の事情で続けることができなくなったもの。どうするんだろうと思っていたら、何とか新潟競馬が引き受けることになって、名前もここは地元にちなんで駒子賞と、卑弥呼に比べてまたぐっとイメージが柔らかくなりました。「で、駒子って誰よ」てなトホホな声もスタンドでは聞かれましたが、あなたそりゃいくらなんでもみっともない。ほれ、川端康成の『雪国』の主人公ですがな。

 というわけで、今年も全部で十人、中央の牧原由貴子西原玲奈両騎手も含めて、北海道から九州まで全国の女性騎手たちが集まりました。そのうち、すでに百勝以上しているのが、北海道の佐々木明美、名古屋の宮下瞳、中津から荒尾に移って頑張る小田部雪の三人。福山の佐藤徳子もほぼ百勝ですから、このへんがまずは一線級。その一方では、この四月にデヴューしたばかりという地元新潟の藤塚騎手までいるメンバーで、5R、7R、9Rと三鞍乗って得点を競うという次第。ちなみに、駒子賞というのはこのうちメインの9Rにつけられた名前になっています。

 使用馬のクラスはサラ系C2からB3まで。とは言え、在籍馬状況の厳しい地方競馬のことですからアラブも混じる編成で、距離はマイルと一、七〇〇㍍。ダートですから、新装の新潟競馬場の売り物、芝千㍍の直線馬場での追い比べというわけにはいきませんが、それでも、ふだんはみんなもっと小さな競馬場で乗っている騎手のこと、しかも、地元新潟にしてもそれまでの右回りから左回りにいきなり変わっているわけで、もたれるのをうまくなだめながらの競馬になったりと、条件はそれなりに興味深いところがありました。

 5Rは、キョウメイの肌にノーザンテーストという派手な血統の五歳馬エーブダイマジンを駆る小田部が一枠を利しての勝利。リアルシャダイ産駒の実力馬ダイワバーモントを引き当てた地元藤塚が二着に食い込み、中央から転入以来三連勝中の宮下ノボマーキュリーは、果敢な逃げが裏目に出ての三着止まり。実はこの馬、名古屋から新潟に移籍して頑張るお兄さんの宮下(康)騎手のお手馬で、うまく乗れば勝ち負け、と言われていたそうですが残念でした。続く7Rは、これまた二連勝中のサクセスホークを引き当てた西原を、キリゴールドの佐々木(明)が差して一着。岩手の石川夏子が人気薄のモアグローリーで三着。前走と一転、控えた宮下ホシノフライトが、直線いい伸びで四着に食い込みました。


 ここまでで順位は、それぞれ勝ち鞍あげた佐々木(明)と小田部が一歩リードで、藤塚と西原、宮下に石川が数ポイント差で続きます。さあ、そしてメインの駒子賞、逃げ・先行勢が直線半ばで後続にとらえられる展開が続いていたので、ポイント差もからんでここはどういう流れになるか注目していましたが、一発アタマ狙いで逆転をもくろむ宮下、石川、西原の乗った三頭がガンガンせりあう形に。人気は、五連勝中のフジキセキ牝馬キスミープリーズを引き当てた佐々木(明)でしたが、宮下も勝ちに行ったのでしょう、とにかくハナへ。それに石川と西原のふたりが一歩も引かずに三角くらいまで、後続を離してやりあいました。いやあ、このへんは見ててもカッコよかったですねえ。

 結局、佐々木(明)が大名マークみたいな形で直線は楽に先頭に立ち、そのままゴールして二連勝。シリーズトップで優勝を飾りました。逃げた中では宮下が内でしぶとく粘っていましたが、最後の最後で後方待機の小田部イースターパルが大外からぶっ飛んでくる。長身の小田部騎手、ダイナミックなフォームで二着に食い込み、実績通りにシリーズ二位を確保。以下、逃げ粘ってここも四着と、三鞍共に手堅くポイントを稼いだ宮下が三位、以下、地元藤塚が大健闘で、中央の意地を見せた西原と並んで四位でした。

 「いい馬に乗せてもらったのと、先生の指示のおかげです」と、優勝の佐々木(明)騎手は優等生なコメント。追っかけの群がる人気者小田部騎手は「最後の二着はラッキー、って感じでした」。宮下騎手はというと、表彰式でプレゼンターの主催者職員に名前を間違えられる始末でしたが、そこはそれ、二年連続NAR最優秀女性騎手、「(メインは)せられましたねえ、控えたら二着くらいあったかも知れないけど、馬がいい感じだったんで」と、いやな顔もせず答えてました。「来年またね~」という挨拶を交わしてそれぞれの競馬場に戻っていった彼女たち、地元で見かけたらまた応援してあげてくださいまし。