ニッポン競馬のまわりでいま、起こりつつある未曽有の大変動。しかし、その全貌も、そしてどこへ向かっているのかも、まだよく見えてきていません。
もともと二十年ほど前から、地方競馬の現場から見上げるように、競馬と競馬を仕事として暮らす人たちのありようを眺めてきました。けれどもいま、地方競馬を震源地として始まっているこの一連の動きは、単なる赤字財政処理や行政の不採算部門の切り捨てというだけではない、これまでになかった規模と深度を持っているもののように感じています。
そもそも、外国に説明してもなかなかわかってもらえない、この中央と地方というニッポン競馬のダブルスタンダード。開催権も、調教師や騎手の免許も別々というこの特殊なジャパンシステムの下での競馬をまとめて管轄する元締めが、農水省の競馬監督課です。現場ばかりでなく上の方が何を考えてるかも知らないといけない、ということで、ここに少しざっくばらんに話をぶつけてみました。
「競馬には一応、三つの目的というのがあるんですよ。まず財政の寄与、畜産振興、そして国民に対する健全な娯楽の提供、と。この財政の寄与する先には国家と地方自治体とがあるわけですが、ただ、これが一緒になるかというとなかなかなりにくいんじゃないですか。財布の行き先が違うし、おさめてる額もケタが違うわけですから」(農水省競馬監督課 沖正幸さん)
一部では、JRAに地方競馬全国協会(NAR)を吸収させて統合する、という話も出ていますが。
「今の内閣は、特殊法人の整理合理化計画によって事業の統合や縮小化ってことをすすめてますから、JRAだけじゃなく公営競技ごとに特殊法人があるんで、検討はしてます。ただ、そもそも特殊法人にも三タイプあるんですよ。JRAみたいに開催権持ってるところと、競艇の日本財団みたいに交付金を関連産業などに配布するところ、地全協なんかは免許の管理するところ。この違いによっても難しいところがありますね」
ニッポンで生まれた内国産の馬による競馬、という大筋は農水省としては動かせない。だとしたら、馬産と競馬とのいいバランスというのはどのへんにあるのでしょうか。一部には内国産6000頭体制を言う生産者もあるようですが、これだと今の生産頭数から1000頭以上まだ減ることになりますね。
「6000頭はせめて維持して欲しい、という要求ですね、逆に言えば。それくらい危機感があるんでしょうけど、これまで地方に援助もしてきたJRAも、売り上げが下がって自分たちの足もとがぐらついてる時に、地方の面倒まで見てられるか、という雰囲気が大分強くなってきてます。同じ競馬だから、って一緒にされたくない、と。競走事業費とかの内訳見てても、去年から地方に落ちる部分がドカッと下がってる。狙い撃ちなんでしょう」
何百頭単位で馬を使っていた地方の競馬場がこの先まだいくつもなくなる、ってことは、馬の売れる先も流通する先もなくなるわけで、馬産地や地方競馬はもとより、中央競馬も絶対に困ると思うんですが、うちは単体で生き残れると考えている人もJRAの一部にいる。
「いますね、不思議なことに。JRAの職員でも、競馬が一番景気よかった頃に入ってきた若い世代がそのへんわかんないのがいる。中央だけで競馬やってける、とか、外国から馬買ってきたらいい、とか、そういうことを平気で言うんですね。生産者にしても、地方競馬がなくなると売れない馬はいきなり肉になるしかないわけで、それは生産コストにも当然はねかえってきますよね。うまくいけば賞金も手当ても厚い中央の馬主に買ってもらいたい、というのは本音でしょうけど、現実には半分は地方に行く馬がいるわけで、まただからこそ経営が成り立っている。これは個人的な考えですが、JRAに関して言えば、本当は預託料をさげる手段を考えないと、馬主さんがまだどんどんいなくなると思いますよ。十年くらい前に比べても預託料が二割上がってるのに対して、一頭あたりの賞金はこんなに下がってるとか、いろいろデータも出てきてますしね」
そういう意味で、今年度からホッカイドウ競馬に導入され始めて、一部で注目されている外厩制度についてはどうですか。試行段階なんでいろいろまだ課題はあるでしょうけど、将来的にはJRAにも導入する可能性があると言われていますが。
「外厩制度は、ほんとは岩手あたりが先に手あげるのかと思ってたら、北海道が先だったんだけど、長い目で見て民間の厩舎施設を活用することは主催者にとってコスト削減になるだろう、ということです。今の地方の調教師で一から新馬調教できる方がどれだけいるか、ってことですね。昔みたいに競馬場で鞍置き(人を乗せるようにするための初期の馴致調教)からやってないでしょ。そうしたら民間に委託するしかないんですよ。あんまり過大な期待もしちゃいけないけど、これから先、競馬をやってゆく上で、民間の厩舎施設の利用は絶対に必要になってくると思いますよ。ただ、馬主さんにとってはまた別ですよ。預託料が上がるか下がるかもやってみないとまだわからない。でも、客観的に見ても昔みたいな不祥事が起こるような時代ではなくなってきているし、公正確保さえきちんとできれば関係者と相談しながらやってみていいよ、とそういうことなんです」
いわゆるお役所競馬の限界がもう来てると思うんですが。
「そうですね。はっきり言って、今の地方競馬の状況には公務員だけじゃもう対応できないだろうと、私も思います。実際、民間の活力を主催者に導入することは、総務省に聞いてみても、公務員特別職とかで公務員の形にしたらあり得るみたいです。だから、主催者レベルでそういう声が出てくればお手伝いはいくらでもしますよ」
馬産地競馬ということで北海道では、万一道が競馬を放り出しても、地元の自治体が協力して競馬を主催したいという話も出てますね。
「ああ、例の経済特区がらみの話ですね。そういう声はあがってきています。そういう事態になった時のためにも、外厩制度で競馬を開催する試みはあっていいんじゃないですか」
ここまではっきり競馬の民営化というか、民間活力の利用を言われるとは正直、ちょっとびっくりしたのですが、塀で囲まれ、免許制度で縛られた内厩中心の競馬の開催が公正確保のための大前提、というこれまでの農水省の大方針が変わりつつあるのは確かなようです。となると、JRAあたりが、既得権益の牙城となっている今の厩舎制度改革の「外圧」として、この外厩制度を利用してくるんじゃないか、という疑問も出てきます。これについてぶつけると、「それはJRAに聞いて下さいよ」と笑っていなされましたが、そんなものJRAだって本音を言うわけがない。
「赤字だからと競馬を簡単につぶすような地方競馬の主催者とわれわれとは違います。経営努力もしているし、何より、競馬に対する責任感が違う。世界からも認められたこのニッポン競馬のシステムは、われわれが支えてきたという自負はありますよ」(JRA 山崎毅紀理事)
ただ、いろいろ周辺を探ってゆく中で、ある競馬関係団体の幹部などは、匿名を条件にこんなことを言ってました。
「国がどういう絵図を書いてるかはまだよく見えないんだけど、ただ、流れとしては競馬法の改正で動いてるのは間違いない。JRAも当然、それを見越しているはずで、人によっては悠長に十年後とか言ってるけど、今のこの売り上げベースでいったら数年以内に厩舎制度をいじらざるを得なくなるよね。だって、今の厩舎制度のままほったらかしておくと、馬主がもうもたないもの。ここは一番、入り(売り上げ増)を考えるしかないんだただ、仮に増えたとしてもどこまで賞金に回せるかなんだよなあ。仮に民営化するったって、こんな危ない商売誰がやるか、って話でさ。何より主催者自体が競走馬資源の枯渇を見てないし、厩舎まわりもしてないから自分ちの馬の状況知らない。主催者が競馬場について知らなすぎるよね」
地方競馬は赤字だからつぶせ、という意見は確かに一見、わかりやすいものです。「構造改革」が錦の御旗になっている昨今の雰囲気にもなじむ。けれども、光の当たる中央競馬だけ残ればいい、JRAだけで今のニッポン競馬は質量共に成り立ってゆく、というのは、果たして本当にそうでしょうか。
「このところJRAのやってる有識者懇談会などにはそんな雰囲気はあまりないんじゃないかな。地方分権の下でどこまで自治体に対して競馬のことをうんぬんできるのか、という疑問は出てたし、こう変えたらいいのではとかのお手伝いはできるけれども、一般論としてそこまで言えるのか、という感じの意見はあったけどね。むしろ、赤字の競馬はつぶせ、という意見が目立つのは参議院に新しくできた議連の方、自民党の先生方の一部じゃないのかな」
この参議院にできた議連、というのは、青木幹雄参議院自民党幹事長の呼びかけで去年の暮れに結成された「競馬推進議員連盟」のこと。五十名以上の参議院議員が参加しています。ここの幹事長を勤めるのが、橋本聖子議員。この五日には、同じ議連の中心となって動いている愛知県選出の鈴木政二議員と共に、非公式ながら札幌競馬場に視察に赴いていますし、これまでにも精力的にヒアリングなどを行なっています。ある関係者に言わせると、「信じられませんよ、あんな熱心に競馬のことやる議連なんて。普通、議連のヒアリングなんて形だけなのに、一回一時間半もみっちりやって、メンバーの三分の一くらい必ず出席してる。これまであんなのなかったですよ。JRAでやってる有識者懇談会なんかは二時間やっても実質一時間以上は資料の説明で、メンバーも競馬のことがよくわからない人ばっかり入ってたりするんですが、それに比べたら同じ知らないにしてもこっちの議連が相当本腰入ってるのは確かです」とのこと。言い出しっぺの青木幹事長はお忙しいとのことだったので、幹事長の橋本議員に話を聞いてみました。
「地方競馬をつぶす? とんでもない、むしろ逆ですよ」と、先の噂をまずきっぱり否定。競馬のことについても、自分としてももともとやりたかった仕事だった、と意欲的です。
「私は議員になったのが8年前ですが、本当はすぐにでも競馬のことに取り組みたかったんですよ。でも、ご存じのように私は実家が牧場ですから、政治家として少しずつ力をつけさせていただいてからでないと、我田引水みたいに思われるんで正直言って手を出せなかったんです。また、これは時間のかかる問題だということもあったんで、ある程度準備をさせてもらってから、とも思ってました。それと、当時はここまでひどい状況ではなかったですからね。ここまで一気に競馬が落ち込むということは私自身も予測してなかったんですよ。そういうこともあって、去年の暮れにやっと設立することができたんです」
できてまだ半年もたたない議連ですが、超党派で動いていて、この九月にJRAの有識者懇談会の答申が出るので、それまでに議連としても何か形になるものを出したいということのようです。これ以外にも競馬がらみの問題は永田町界隈でも問題になってきているようで、公明党でも懇談会を立ち上げているし、衆議院も含めた農水族の議員の間でも連携する動きがあるとか。とは言えこれまでは、競馬は票にならない、と言われて、議員はまず手をつけてこなかった経緯があるのに、ここに来て動きが急なのはなぜなのか。
「それだけ各地で、地元の競馬場の抱える問題が先生方にも聞こえてきているんだと思いますね。また、日本全体にしたら一部のことかも知れませんけど、北海道にとっては基幹産業ですからね。ご承知のように私は実家が牧場ですし、競馬の中で育ったようなものだったんで競馬を仕事にしてきた人間もたくさん見てきましたから。それと、競馬は確かにギャンブルなんですが、馬という生き物が関わっていることで競輪などとはまた少し違うところがありますよね。馬事文化というのも古い歴史があるわけですし。だからもっと広く理解してもらっていいんじゃないか、とはずっと思ってました。私は全国区の人間で、全国が地元なので逆にこういう専門的な仕事もさせてもらえるんじゃないかな、というのもありますしね」
主として選挙区に競馬場を持っている議員さんなどから声をかけて、関心のある人が集まったというこの議連、具体的にどういう議論が出ているのでしょうか。
「いろいろありますが、まず、中央と地方の一国二制度をひとつにすべきだ、という意見は出てます。このへんはまだ意見が割れてるんですが、ただ、大リーグにもメジャーとマイナーがあって、上に行けるシステムがしっかりしてますよね。競馬も同じように、最終的には強い馬をしっかり下から支えてゆけるシステムをつくるべきでしょう。どんな馬もまず地方から、マイナーから始めるようにすればいい。競輪だっていきなりS級は走らないじゃないですか。能力に応じて馬も人も競馬に関われるようなシステムにしたいな、と。今のシステムだと、競争原理がうまく働いていなくて、預託料も高いし、能力のある馬や人が活躍できる幅が狭い。主催者も、番組その他で裁量範囲が狭いし、どっちにしても行政に任せたまんまではもう限界があるだろうと思います」
これまでタブーとされてきた競馬法の改正までも視野に入れていることを認めた上で、単に財政に寄与するためだけではない、別の存在意義も探りながら国民にアピールして支持を得られないことには競馬は生き残れない、と力説します。
「このご時世に3200億円も財政寄与できるものなんて他にないんですよ。ただ、そのおカネが実は使い道のはっきりしない財源になっているんですね。こんな目的のない法律なんて見たことない、と議連の他の先生方もびっくりされてますし。何より、馬や動物のためにあまり使われていない。だから、これから先はもう、Jリーグのチェアマンみたいな立場が競馬にも必要かなあ、とも思うんですよ。マネージメントというか、そういう眼を持てる人と立場がないと、もううまく回ってゆかない。一部で収益はあがっても全体として競馬が衰えるのもよくないし。ファンと同時に、そういう人材を育てることも考えないといけないのかも知れません」
とは言え、競馬をめぐるこの危機的状況は待ったなしのところもある。たとえば、馬主さんは現状では五頭以上馬を持たないと税金対策にならないのが、一頭からその対象になるように法改正に動いているそうです。今年の税制改正で何とか具体化できれば、とのことですが、同時に、ニッポン競馬自体をどのようにしてゆくのか、あるべき姿とは何か、そんな中長期的なビジョンも必要です。
「ほんとは控除率をさげたらいいと思うんですよ。これはもうずっと言われてることですが、現行の25パーセントは世界的に見ても高すぎる。ここをいじろうとすると相当な抵抗があるでしょうが、最後はそこが争点になるんだろうと思います。ただ、それまでに機械の規格などがネックになってなかなか進まない場間場外発売の充実とか、全国で一律に中央も地方も馬券が買えるようにするとか、できることからやってゆこうと思っています」
控除率というのは、馬券の売り上げから主催者が経費その他として差し引く金額の比率のこと。乱暴に言えば、バクチの胴元の「テラ銭」です。競馬だけでなく競輪や競艇なども、競馬法で規定されたこの25パーセントなのですが、これは確かに世界的にも最も高い方で、これを下げてファンに対する還元率を上げないと、という議論はもうずっと以前からあります。これ以外にも、引退した競走馬を活用するホースセラピーや、国有林の警備に馬を使えないか、あるいは、ペットの医療費が莫大になってきているので、その保険制度を競馬で担保させられないか、とか、アイデアはいくつも出てきているそうです。
「馬は機械じゃないですよね。いま、生産地がダメになったら中央競馬もダメになる。何も地方を救ってくれってことじゃないんですよ。カネを出さなくていいから、まず考え方として協力するようになって欲しい。地方競馬の活性化があって初めて強い馬、スターホースも生まれてくる。そういう考え方にならない人は競馬に携わる資格がないとさえ、私は思いますね」
今年中にもまだいくつか、実際につぶれる競馬場が出てきそうな気配があります。アンカツに続け、とばかりに、地方の騎手たちの中には中央の免許取得に向けて具体的に頑張っている者も何人も出てきています。外国人の馬主や牧場経営者もちらほらとその名前を見るようになり始めました。馬も人も、能力に応じた競馬ができるシステムをニッポン競馬に。「強い馬づくり」というのは、JRAが掲げてきたスローガンですが、頂点の「強い馬」を生み出してゆくために必要な裾野づくりというのがいま、このニッポン競馬の大変動に対して求められていることなのだと思います。