ネット散策の醍醐味のひとつは、表のマスメディアに流れる情報をひとわたり渉猟しての比較考証、批評吟味が容易にできるところにある。そのような無名の篤志家たちが実質二十四時間、入れ替わり立ち替わりであまたひしめいて、報道のプロであるはずのマスメディアと日夜、仁義なき戦いにひそかにしのぎを削っているのがネットという場である。
韓国、北朝鮮関係の素材はそんなネット常駐者にとっては定番のおいしい〈食材〉になっているが、先月半ばのノムヒョン韓国大統領の訪米から訪日に至る流れは、また新たな盛り上がりを見せていた。まずは小手調べは、訪米について各紙の見出し比較から。
米韓首脳会談 国内の新聞での評価は?
見出しもそれぞれの論調で違っています。まあ、楽しんでください。
【毎日】米韓首脳会談:「摩擦」緩和に重点 対立避け共同声明
【朝日】北朝鮮核問題の平和解決目指す方針で一致 米韓首脳会談
【読売】在韓米軍、再編で合意…首脳会談
【産経】米韓首脳初会談 「北」恫喝の機先制す
【日経】米韓首脳、北朝鮮核問題の平和的解決を再確認
【ZAKZAK】米韓“極短”首脳会談で信頼関係築けた?
朝・毎・読に産経、日経まではわかるにせよ、最後のZAKZAKには、おそらく説明が必要だろう。首都圏中心に根を張るタブロイド版夕刊紙である夕刊フジのネット版なのだが、ニュース素材の収拾からさばく手つきまでがネット住民たちの嗜好を意識したつくりになっていて、ネットではある種のクオリティペーパー的な扱いをされて、このところ微妙な信頼感を醸成してきているのだ。
ノムヒョン大統領訪米は周知のように、テキサスの私邸にまで泊まりがけで招待された小泉首相と比べて、ホワイトハウスで、それもわずか三十分程度の会談で終わった。通訳だけのサシで行った対談に至っては、なんと五分。プライドの高い韓国国民の心中、察してあまりある。
こういう場合に、まず朝鮮日報を引用するのはお約束である。
【韓米首脳会談】会談場所のあれこれ
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/05/15/20030515000066.html
最も大きな関心を集めた題目は、両大統領の「5分に及ぶ単独対話」であった。
午後6時に単独首脳会談が始まり、その30分後、両首脳は陪席者を全て外した後、
5分間「差しの会談」を行った。通訳だけが陪席した差しの会談は異例的なものとされている。
ブッシュ大統領はまた、首脳会談と共同ブリーフィング後、盧大統領を10分間、
ホワイトハウス官邸の「大統領の部屋」と「リンカーンの寝室」へと案内した。
李海成(イ・ヘソン)広報首席は「この時間も2人は多くの話を交わしたはず」とした。
さらに、会談後にブッシュ大統領がノムヒョン大統領を評して言った「easy man」という表現をめぐって、韓国メディアでは喧々諤々の騒動にまで発展した。
14日、ホワイトハウス「オーバル・オフィス」で単独会談を終えた後、晩餐会場へと向かう途中、記者たちとの話の中でブッシュは、「I have found the President to be an easy man to talk to」と述べたのだが、これを通訳が「私はノ大統領がきわめて話しなすい相手であると感じた」と翻訳したところ、それでは軽い相手と思われると判断したソウル青瓦台界隈が敏感に反応、ムンヒサン大統領秘書室長が訂正をワシントンの韓国側首脳会談チームに指示したという。
このエピソード、しかし日本の国内メディアでは例によって韓国への「配慮」なのか、全く表に上がってこなかった。しかし、話しやすい親しみやすい人、というのは好意的な解釈で、言いなりになるくみしやすい奴、右顧左眄しそうな男、骨のない軽輩、といった否定的なニュアンスがあるのでは、という方向での〈読み〉が、たてまえや政治的配慮を越えて本音がむき出しになるネットではみるみるうちに広まった。韓国のメディアなど海外報道に容易にアクセスできるネット環境のこわさであり、おもしろさである。
そんな中で、匿名巨大掲示板として知られる「2ちゃんねる」の片隅に、こんな書き込みがされた。
219 :金田 錫永 :03/05/15 15:31 ID:18KGmn3w
俺は日本人だが、イージーマン、イージーマン言ってる奴恥ずかしい。
あれはノ大統領の通名が"飯島"だって言ったんだよ。
それを英語のわからないチョッパリが飯島とイージーマンを聞き違えたんだよ。
チョッパリは英語も話せないとは聞いていたが、噂に違わぬ病身民族。
韓国人の大統領に通名があるわけがない。いかにも在日風のHN(ハンドルネーム)で、「俺は日本人だが」と断りつつ「チョッパリ(日本人)は…」と断言するあたり、住人たちの気持ちやその場の空気を敢えて逆撫でするような書き込みを確信犯で行ない、それに対する反応を楽しむ「釣り師」と呼ばれる者の仕業かとも思われたが、「通名」を持ち出す半可通ぶりがあまりにツボにはまっていたのか、これ以降、一気に話題はこの「飯島」の方向に燃え広がり、あっという間にノムヒョン大統領は、通称「飯島」と呼びならわされるようになった。
実は、大統領選挙に当選した当初は、「ぬらりひょん」という妖怪の名前から拝借した呼び方がされていたのだが、ここにきて大統領という肩書きも「大棟梁」からついに「酋長」にまで出世。あわせて「飯島大酋長」という、それだけではすでに何をさしているのかわからない呼び名が、ノムヒョン大統領に奉られることになってしまった。
例によって替え歌までもがいくつも出てきたのだが、それはこの大統領、実はネット住民に“愛されている”証拠である。
青いタイ うーいてたー 大酋長ーーー
イージーマーンって言われて 逝ーっちゃーったーー
「逝く」というのは、「死ぬ」のネット的表記。ダメになる、へこむ、おかしくなる、といったニュアンスで縦横に使い回される。
ウリは半島で一番 酋長と呼ばれた男
自惚れのぼせて得意顔 美国はワシントンへ来た~
そもそもそのときの要求 国賓待遇に牧場
けれどもホワイトハウスで15分 慌てて粘って30分
童謡から、なつかしのエノケンまで繰り出すセンスは、ネットならでは。さすがに“愛”が深い。
さらにごていねいに、「飯島」という表記だと、すでにネットでは「女神」扱いをされている飯島愛様に対して不敬に当たる、という一派が現われて、ここは敢えて「飯嶋」と異体字で書くべきではないか、という主張まで始める始末。なんでまた飯島愛がそんなに……と不審に思われるだろうが、これにも事情がある。
実は去年のワールドカップ時、韓国対イタリア戦でのあまりに韓国チーム寄りな審判のジャッジに怒り、テレビの生番組出演中に直言連発、あげくに「あたしもうキムチ絶対食べない!」と、タレントとしての自らの立場も忘れた発言をぶちかまして以来、ネット住民たちの、特に「嫌韓厨」と呼ばれる、好んで韓国ネタをとりあげて騒ぎたがる一群の者たちを中心にして、にわかに篤い信仰の対象になっているのだった。ちなみにこの末尾の「厨」というのは「厨房」の略で、もともと中学生=青臭いガキといったニュアンスで使われていた「中坊」を変換させて「厨房」と表記するようになったもの。必要以上に何かにこだわり、針小棒大に扱って騒ぎたがる性癖の連中をさして「○○厨」と呼ぶ呼び方はネットでは一般化している。
ことの顛末はさっそく当のテレビ番組の録画したものから、発言を起こしたテキスト、さらにはフラッシュ(ネット上で動く簡易動画ソフトによるコンテンツ)にまで、無名の篤志家たちによって移植されていった。(http://susi917.hp.infoseek.co.jp/ai.htm)
【女神様のご発言抜粋】
「あんなのアンフェアだよ!」
「アズーリの墓場へようこそって言うのが良いって言うの?!」
「ポルトガルの9対11はどうなの?!」
「マスコミはよかったよかったってばっかりで、これじゃ、イタリアが悪いみたいジャン!」
「トッティーのイエローだって、全然足引っ掛けられてんのに、だんだんテレビではそのシーンがカットされてんだよ!!」
「ねぇ奥寺さん、本当のこと言ってよ!私が守ってあげるから!」
「あの小デブ(審判)絶対走れないよ!」
「日本も買収すれば良かったんだよ」
「私もうキムチ食べない!」
飯島愛は神!!
マスゴミどもは彼女のつめの垢煎じて飲め!!
私もうキムチ食べない。すごい理論です飯島さん。日韓友好問題や歴史認識の相違なんて、彼女にとっては全く関係ナッシング。日本が負けてるのに韓国が勝ち進んでいるのがムカツクだけで、政治的な感情なんて飯島サンには馬の耳に念仏。俺道まっしぐら。アキコ・ワダなんて足元にも及ばないくらいの姐さんぶり。もうアンタの虜、決定です。
見直したぜ、飯島愛。韓国なんかなぁ、日本敗戦の一報が入った途端、拍手喝采の国なんだよ。そんな国に遠慮するこたーないぜ。アタシは外国で韓国人と一緒にされたくないんだよ!
「コリアレポート」編集長の辺真一氏が「飯島愛のTV発言」を非難してましたが、確かに抑圧され疎外されてきた在日の方の苦労や日韓の歴史を考えるとそのお気持ちもわからなくもありませんが、とはいえその「政治的な飯島愛批判」によって、今度はご自身が一民間人の言論を封殺しようとしている、逆に「全体主義」に荷担している可能性に彼はお気づきでないのでしょうか。飯島愛はイケ面イタリアに無邪気にイレ込み、さんまはサッカーファンのノスタルジーを無邪気に発散させていただけ(少なくともそう見える)。私は、日本が、そうした「無邪気さ」「幼稚さ」が許される社会であって欲しいと思います。
それって単にイタリア人男性にイカれてただけなんじゃないの、というある意味冷静な観察も、そしてまた、かの「女神」がAV女優であらせられた時代のあられもない動画や画像が同じネット上にいくらでも転がっていることも、彼らにとって無問題なのは言うまでもない。
と同時に、韓国メディアの野郎事大ぶりについても、ネット住民のリテラシーは容赦なく暴いてゆく。このあたり、大分緩和されてきたとは言え、未だに遠慮のある表のマスメディアよりもずっとシンプルでストレートな「言論」空間が保たれているようだ。
その後、北朝鮮の「万景峰号」の新潟入港問題の時も、海上保安庁の職員が職務中にネットの掲示板に書き込んでいたことを、さも鬼の首でも取ったように報道した『毎日新聞』に対しても、ネット住民たちは容赦しなかった
万景峰号:海保職員が公用パソコンからネットに書き込み
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/shakai/20030611k0000m040124001c.html
北朝鮮問題に関する意見交換などを目的とするインターネット上の掲示板に、海上保安庁の公用パソコンから、同国の貨客船、万景峰(マンギョンボン)号の入港中止について「日本のせいにするな」と書いた投稿が9日に寄せられていたことが分かった。同庁は10日、勤務時間内に投稿した職員を口頭で厳重注意したが、さらに「国家公務員法の職務専念義務違反の疑いもあり、処分の有無も含め検討したい」としている。
掲示板は「Salon de 北朝鮮」。北朝鮮問題に関する意見交換のため一昨年11月に開設された。テーマ別に「1号室 旅行情報」「2号室 北朝鮮問題全般の議論」「3号室 雑談」の三つに分かれている。
掲示板管理者の一人が9日夜、2号室の議論掲示板を確認中、「ナンダラカンダラスミニダ」の投稿者名で「マンギョンきたかったらきてみ」と題した書き込みがあることに気付いた。投稿は9日午後3時8分で、投稿内容欄には「まんぎょん来日できないの日本のせいにするな――#」と書かれていた
『毎日新聞』は多くが署名記事になっているので、末尾の署名からこの記事を書いたひとりが、ついこの間、自衛隊がクラスター爆弾保有!と得意気にやったところが、実は軍事評論家などの間では周知の事実だったことがばれて大恥をかいた女性記者だったことがわかって、議論はまた沸騰。これもまた、ネット上で検索エンジンを使えば、どの記者がどんな記事を過去に書いていたのか、瞬時にわかってしまうネット環境の特性あっての事態で、未だマスコミ人に根強くあるマスコミだけが特権的な報道を行えるという思い上がりは、すでに成り立たなくなっているといういい例だろう。拉致被害者家族宛に着た私信を盗み見た『朝日新聞』佐渡通信局記者が、北朝鮮での家族の住所を記事にした一件にしても、その記者が過去どのような「偏向」報道に加担してきたかは、ネット上であっという間にさらされていたし、アンマン事件で特赦が決まった五味記者にしても、過去の仕事を検索することで、どういう思想信条の持ち主なのか、を推測する材料として共有されていった。
特に今回の掲示板書き込み報道のケースでは、もともと当該掲示板の管理者が新聞取材に対してむしろ積極的に働きかけていたのでは、という疑いが強いのにも関わらず、事後もその説明責任を回避して逃げ回ったこともあって、この管理人に対しても非難は寄せられ、マスメディアの現場に未だに蔓延する意図せざる「偏向」ぶりの実証例として、またも記念されることになった。
表のマスコミでは自主規制や微妙な配慮が働いて、まず表に出てこないこんな「正論」が、ネットではあたりまえに存在し、確実に共感を獲得しているのだ。
チクリ、それ自体はいっこうにかまいません。公僕が服務規程に違反している可能性があるなら、それを社会の木鐸たる新聞記者に伝えるのは社会の義務でありましょう。
しかしここで疑問が一つあります。海保の職員までもが書き込みをするこの掲示板、地方公務員で左翼思想や反日にかぶれている人間や、公立大学の教授が勤務中に職場の施設を使用して書き込みをしたことは、これまでに一件もなかったのでしょうか? (…)そういった左翼的人士による服務規程違反を臭わせる書き込みが以前に一件もなく、今回の海保職員の行動が特異なものであったとするならば、中立的な立場を標榜する以上、自らは、そして掲示板は偏向していない自由な議論の場であること示すため、何らかの説明をする必要があるのではないかと思います。