「親方日の丸」は今も

*1 どうにも理解に苦しむのだが、この期に及んでなお、中国市場に過大な期待を寄せる向きがある。財界筋とやらには特に根強い。中国株を買え、と大はしゃぎで煽る評論家輩もいまだ懲りずに生き延びている。いかに一発勝負の好きなあたしでも、市場経済と言いながら相も変わらぬ共産党一党支配、国内の貧富の差はそれこそもう一回革命やらかすしかないくらい深刻になっていて騒動も頻発、資源問題や環境汚染もてんこもり、の今の中国にカネを突っ込む度胸はちょっとない。その点、今の中国市場にまだ夢を見ていられる大企業というのはつくづく男前、勇ましい限りである。

 彼らの言い分をいろいろ見聞きしてみると、どうやらその前提には、政治と経済は別、何ごとも商売優先で歴史認識だの靖国だのそういう厄介な争いごとはとりあえずなかったことに、という田中角栄元首相以来の考え方が横たわっている。しかもこれ、うっかりすると反戦/平和主義のようにも見えるから始末が悪い。ケンカはやめて、仲良く商売しましょ、というわけだ。

 向こうさんでも「政冷経熱」とか言うらしいが、しかしこの手のもの言い、政治とスポーツは別、というのと基本的に同じ。あるいは、日本人民が悪いんじゃない、日本政府と政治家が悪い、という猫なで声とも。都合の悪い部分を棚上げにして見たいところだけ見ようとする時のあちらさんお得意の便法。あ、いまどきはポジティブシンキングとか未来志向とか言うんだっけか。いずれ向こうさんのお家芸である。

 大陸への投資熱はかつてもあった。商売になるなら、と多くの同胞が勇躍、大陸に渡った。また、そうせざるを得ない状況も当時あった。「親方日の丸」というもの言いもその頃、広まったものだ。それは単に“長いものには巻かれろ”式の草の根のマキャベリズムという意味だけでなく、現在ではかの道路公団や郵便局以下、わが官僚大衆の精神風土にまで根強く息づいている。自前でのつぶさな判断をとにかく停止、何か大きな後ろ楯でとにかく前へ、という「親方日の丸」の夜郎事大は形を変え、「未来志向」などと口走りながら中国市場にバラ色の未来を見ようとする輩の中に脈々と息づいているらしい。

*1:ストック枯渇が続いているらしく、連発でSOSが飛来。よしきた、とばかりにとりあえず書いたのですが……例によってイタリック部分を削除で何とか。