場外栄えて、競馬滅びる

 この四月から始まったNHKの朝の連続テレビ小説『ファイト!』を、ご存じでしょうか?
 「群馬県を舞台に15歳のヒロインが、様々な職業体験を重ねながら牧場経営を志すまでを描く」(新聞報道より)というドラマなのですが、スタート早々、視聴率が朝の連ドラ歴代最低(関東地区で16.9%)という不名誉な記録を作ってしまい、中味より先にそんなことで話題になってしまったので、まだ見たことはなくても名前くらいはご存じの向きもあるかと思います。
 実はこのドラマ、「ぐんま競馬場」という名前で地方競馬の厩舎が出てくることになっています。舞台が群馬県ということでこれはもともと、高崎競馬場でロケをしてゆくはずだったのですが、肝心の高崎競馬が去年の暮れで廃止になったので撮影に四苦八苦、結局、JRAに泣きついて馬事公苑や白井の騎手学校の協力を得て、何とか格好をつけているような経緯があります。
 何よりこのドラマ自体、そもそも小寺群馬県知事が、朝の連ドラの舞台としてぜひ群馬県を、とNHKに頼み込んで実現した企画でした。一連の不祥事で先頃辞任したNHKの海老沢会長との間をとりもったのが、地元の大立者であるかの「大勲位」中曽根元首相だとか。まあ、朝の連ドラに取り上げられて半年間全国放送してもらえることの宣伝効果を考えれば、地方税の高さなどから地元から大手企業が逃げ出したりと、昨今地盤沈下著しい群馬県の活性化になると考えたのはお役人としても不思議ないわけで、「馬」の字が入ってる群馬県だからこそ競馬場を舞台に、なんてきれいごとも当初は言われていました。実際、NHKとしても県の全面協力で高崎競馬場や境町トレーニングセンターをフルに活用しようと、去年の春先からロケハンその他を進めていたところでした。
 ところがその一方で、当の小寺知事自身が競馬場潰しに奔走、自分で引っ張ってきた連ドラ企画をオシャカにしかねない錯乱ぶりのお粗末。制作サイドでは、赤字で苦しむ地方競馬をヒロインの少女が頑張って再生へ導く、といった筋書きも想定されていて、せめて撮影が終わるまでは競馬をなくさないでもらいたい、という声もあったのですが、そこはそれ、しょせん組織の体質は同じお役所のNHK、昨夏ごろから表面化した高崎競馬存廃騒動に対しても「存続か廃止かどちらかの側に立つようなことはできない」と事実上の見殺し。どうせなら存廃議論もドラマのスパイスにして盛り上げよう、という構えも現場の厩舎サイドには十分あったのに、県に遠慮したのか、NHkは最後まで積極的に動きませんでした。まあ、崖っぷちの高崎競馬場でのロケも淡々とやっていましたから、そのうちそんなシーンも見られるでしょうが、本当なら競馬場あげての全面協力でドラマ的にもコクのあるものになったでしょうに、これではせっかく地方競馬が素材になっても味気ないものにしかなりません。そんなこんなで、放送開始以来、視聴率の低空飛行が続いているのを見ても、「ほらみろ、競馬潰した呪いだべ」という声が出ていて、地元群馬でさえもしらけ気味のようです。
 競馬開催は昨年末で打ち切られても、年度末の三月いっぱいは競馬組合は存在していたわけですが、宇都宮が最後の開催となった三月中旬にはすでに高崎競馬場の馬場からは砂が全部撤去され、お役人の日銭欲しさからか、臨時の駐車場にしてしまっていたような無残な状態。さらに、当の競馬場施設を地方競馬の場外馬券施設としてリニューアルすることだけは粛々と進んで、併設されているJRAの場外窓口とあわせて、競馬を開催しなくなっても売り上げだけを確保する企みはわずか三カ月でめでたく実現。この規模で場外発売をすれば、単年度七億円と言われた赤字くらいはチャラになる計算で、いざ廃止になるまではほとんど何も動かなかった地全協がこの新しい場外施設だけは無邪気に宣伝しているのを見ると、その厚顔ぶりに改めてむかっ腹が立つと共に、あんたら最初からこうするつもりだったんだろ、と悪態のひとつもまたつきたくなります。競馬がなくなっても場外施設だけ残ればよし、というのは、いまどき地方競馬に携わるお役人(主催者だけではない)の本音ではないでしょうか。
 高崎に限ってみても、調教師や騎手など厩舎関係者のその後の身の振り方は、まだまだ決まっていません。それでも、佐賀や金沢に移籍した厩舎はすでに競馬を使っていて、中にはなかなかいい競馬をしている調教師もいますし、先日は佐賀で浅沼騎手が移籍後初勝利を飾りました。益田や上山などこれまで廃止になった競馬場のその後を見ても、他場に移籍した騎手がうまく新たな地元に根付くのはなかなか難しいのが現実ですし、それでなくても先行き不安から廃業する騎手がこの三月は全国で何人も出ていますが、なんと言ってもノリヤクは競馬に乗ってなんぼ。「騎手になりたくてもなれなかった仲間もいるんだから、そいつらの気持ち考えてもやっぱり簡単には辞められないよ」と、たとえ所属競馬場がなくなっても免許は返上せずに次の働き場所が決まるまでもう少し辛抱してみる、という騎手もいます。 言わずもがなのことですが、競馬はまず厩舎が、牧場が、そこで馬を仕事の場とする人間たちが支えています。場外栄えて競馬滅びる、というような流れにだけは加担したくないと改めて思います。