三角は飛ぶ、金属ならなおさら…

 三角は飛ぶ。戦時中の疎開学童に向けて柳田国男が書いた文章のタイトルにそうある。震災後の東京から、急角度な茅葺(かやぶ)き系の三角屋根がなくなってゆくことを嘆いたものだった。

そう、三角は飛ぶ。実によく飛ぶ。金属ならばなおのこと、なにせ全国数万件。にわかに人心を騒がせている、ガードレールのかの金属片である。東北方面を発端に、調べてみたら全国津々浦々のガードレールの継ぎ目に突き刺さるようにはさまっているのが改めて「発見」され、何者の仕業、と、ちょっとした騒ぎである。
 クルマの車体の一部がはがれて残ったもの、という解釈がまずある。だが、同時にあやしげな宗教教団のしわざ、ネットかぶれの若い衆の悪ふざけ、道端に宣伝ののぼりや看板を立てる際の器具の名残説から、超常現象では、と、いやもう世間はかまびすしい。

関東大震災の折、板塀のすそに白墨で何やら記号が書かれているのが「発見」され、それは「コノ家ノ井戸ニ毒ヲ投ゼヨ」の暗号だとの噂が広まり、朝鮮人への暴行のきっかけとなったとされている。真実は、牛乳配達などが稼業の便につけていた符丁だったのだが、ふだん目にもとめないそれらのしるしが震災という異常時に改めて「発見」、「解釈」されていった果ての顛末。

 今回の三角の金属片をめぐる解釈にもいく通りかの真実があるのだろう。だが、これまでもあったのに誰も普段は意識しなかったらしい、ということの方に、民俗学者はいたく興味を抱く。昔板塀、いまガードレール。日常の風景の構成物は移り変われど、人の心のからくりはそんなに変わるものでもないらしい。願わくば、これが人心の不安、妙なざわめきの予兆でないことを。