「七光り」の精神史を

青島幸男が、くたばりました。
全盛時クレイジーキャッツの傑作の作詞をものした才能として最大限敬意を払いつつ、いや、だからこそ、晩節汚しまくりだったよなあ、というのが率直な感想であります。

例によってテレビ以下、表のメディアは「元東京都知事」で「元祖マルチタレント」が亡くなった、ってことで提灯報道全開ですが、そんなのはひとまずどうでもいい。あたしゃ気になったのは青島の遺族。とりわけあのバカ娘とバカ息子です。美幸と利幸、でしたっけか、あれですよ、あれ。ああ、この年の瀬のクソ忙しいのにハラの立つ。またぞろ雷太のところ踏み込んで小銭ふんだくって散財したろか、と思いました、マジに。

そりゃあ、訃報とその後の葬儀にまつわる報道でちらちら映像が出てきただけのこってすが、たとえそれだけでもキチガイ具合、バカっぷりってのは手にとるようにわかっちまう。それくらいヘンなたたずまいでした。

言いますよ、こいつらバカです。キチガイです。で、こういう類のキチガイをおのが息子や娘にのんべんだらりと許容しちまってたような、そういう親でもあったんですよ、青島幸男ってのは。そしてそれは、青島個人のモンダイってことだけでなく、ある種の構造的なモンダイ、あの世代でメディアの肥大と共に自意識も思いっきりふくらませたまま世渡りしてきた手合いに最も典型的に現われてるような、同時代的なビョーキ、ってことなんですが、こんなこと表だっては誰も言わねえだろうから、あたしがここで言っときます。

ひとくくりで言っちまうならば、親の七光りで世渡りする、その身じまいにもどうにもこうにも時代と世代が刻印されちまってる、ってことなんですがね。

青島美幸ってのは、確か今は絵本作家だか何だか、ってことになってたはずですが……ああ、あったあった。これだ。
http://www.bookcafe.jp/miyuki/darlun.html
なんなんすか、これ。
http://www.bookcafe.jp/miyuki/plofile.html
1959年生まれ、ってことは、あたしと同い年。早生まれだから学年まで同じ。ついでにワセダです。・゚・(ノД`)・゚・。 今やワセダなんざ、痴漢常習犯が強姦魔を教えるガッコ、ってことになってますから情けない限りですが、でも、ミラーマンスーフリよりも、あたしゃこういう類のキチガイを産んだガッコ、って思われる方が個人的には耐え難かったりします。
http://www.darlun.com/shop/nuigurumi_rep.html
なんか、この手のキャラで卑しい商売しようってんでしょうかね。愛子様献上、だそうです。限定版ですと。誰が買うんでしょうか。とにかく、世の中なめきってるこの感じが、あたしゃ許せません。

長男の利幸ってのは、放送作家だそうですが、あたしゃそのへんの事情にゃ全くうといんでどういう仕事してるのかわかんない。聞けば、元レナウンの社員でその後放送界へ、多少はテレビアニメ界隈でゴソゴソやってたりするんだそうですが、知ったこっちゃない、とにかくあんなうわずった調子でオヤジの葬儀であんなみっともない挨拶を垂れ流すくらいのキチガイですから、ロクなもんじゃないでしょう。キモチ悪いったらない。

七光り、結構です。否定はしません。どんな世界であれ、オヤジがいっぱしの仕事をしてきてそれなりの看板掲げてやってきた、そのことをコドモがどう受け止めるのか、ってのはいつの時代、どんな社会にだってある葛藤なわけで、で、その乗り越え方ってのも人それぞれ。「七光り」って言われるのは、そのオヤジの看板が陰に陽にご威光として作用しちまってることが世間に見てとられちまってるから言われるわけで、特にオヤジに近いところで独り立ちしようとした場合に必然的にまつわっちまう。仕事でそれを乗り越えようとするのは、オヤジとは全く違う世界でいっちょまえになろうとするよりよっぽどハードルが高くなるのは理の当然。二世だなんだと言われる手合いでも、そんな風に地道に自分の仕事を積み重ねて乗り越えてきたエラいやつってのはいます。当たり前ですが。

たとえば、俳優だと佐藤浩市三国連太郎の息子ですが、最近はなんの、オヤジとはまた別の存在感でいい役者になってきた。船越英一郎にしても、オヤジの船越英二とは違う味を出し始めていて、松居一代なんてバツイチ因業嫁にひっかかちまうあたりも含めて、それはそれで認めていい。「七光り」系ったって、こぶ平や一茂や田中真紀子みたいなのばっかりでもないわけで、なんでもかんでも「七光り」でひとくくりにしちまうようなことはあたしだとてしないつもりです。

でも、役者やスポーツなど「結果」が良くも悪くもはっきり出ちまうような領域はともかくとして、少なくともそれ以外のブンカ人方面、とりわけ高度経済成長期からその後、80年代あたりまでにそれなりに我が世の春を謳歌するだけの仕事をしてきた手合いの、その息子や娘といった世代に、どうにも度し難いバカやキチガイが平然と量産されているような気がするのは、果たしてどういうからくりなんだろう、と以前からいぶかしく思っていました。

たとえば、手塚治虫。あそこはカミさん自体がちょっとアレなんですが、それ以上に何より息子も娘、もこの青島んちとウリふたつのキチガイぶり。「世界でただひとりのビジュアリスト」手塚真に「プランニングプロデューサー&地球環境運動家」手塚るみ子、でしょ。あ、もちろん高弟(笑)の石坂啓も忘れちゃいけない。なんというか、もう、打率高すぎ。

手塚 真 ブログ
http://tzk.cocolog-nifty.com/
手塚るみ子のラジオ番組「Earth Dreaming ガラスの地球を救え」
http://asahi.co.jp/50th/radio_dreaming.html

この手合いってのは、とにかくおのれの横着と思考停止の隠れぬ証拠としての「プロ市民」ぶり、ってのがあからさまなんですな。アタマの中がお花畑、というのはデフォとして、それ以上にそのお花畑のくせに根はどうしようもなく横着でサベツ的、というのが救われない。「七光り」と言われることについては敏感なはずですが、それをおのれで乗り越えようという性根がなくて、どこかで甘やかされたまんまというスカ。もちろん、そんな状態にしちまってる親やまわりの側のモンダイ、ってのも含めて、なんですがね。

ああそうだ、こんなのもいました。鳥越俊太郎サマのバカ娘、でありますな。職業が「ラジオナビゲーター、シャンソン歌手、役者」ですと。

鳥越さやか
http://www.torigoe-sayaka.net/

石原慎太郎がやっぱり同じバカ息子(でしょう、どう見ても)にゲタはかせてたのがこのところ、徹底的に代々木方面主導で叩かれてますが、あれと、この青島んち系のていたらくとは、はっきり言って等価、であります。もちろん、筑紫哲也の自称カメラマンの息子や、菅直人の役立たずのバカ息子、なども同様。それはそのオヤジの仕事がどうの、思想がどうのといったところとはひとまず別。言葉本来の意味での「世代」と「同時代」の複合したモンダイ、であります。そう言えば、小泉純一郎の息子の孝太郎、ってのも「七光り」って意味じゃ同じなんでしょうが、今のところバカやキチガイぶりが潜伏しているだけなのか、それほど表面化していないのは、やっぱり小泉がエラいってことなんでしょうか。

青島以下、大橋巨泉永六輔や、野坂昭如五木寛之筒井康隆や……なんでもいいですが、いずれそういうニッポンのメディアエリート、カルチュアヒーローたちの「老後」、というか、時代がひとめぐりしてゆく中での「プライベート」の空洞化のさま、というのを、きっちり考えとかないといけない。高度経済成長期というのが、ニッポンの歴史上あまり例のない自意識拡大期だったということを認めるのならばなおのこと、その果実としての「豊かさ」が、どういう具合に悪さをしていったのか、ってことも、たとえばこういう切り口から考えるよすがにしないことには、いつまでたっても「七光り」が凡人世俗のひがみや妬み、そねみといった類からだけ解釈されちまう不自由は自前で乗り越えられないまま、です。

●編集後記
カンニングの中島(ったって、こいつの芸をあたしゃ実はほとんど見てない)が死んだ、ってので、それこそ青島がくたばったことなんかより大きくとりあげられていたのは、ある意味いまどきのメディア、でしたが、相方の竹山の対応の仕方は、決してベストではなかったにせよ、でも、今のこの状況でメディアのあの手癖の中で世渡りしてゆかざるを得ない立場においては、まあ、かなり頑張ってバランスとろうとしてたよなあ、という印象がありました。少なくとも、青島のバカ息子、キチガイ娘などよりも、よっぽどおのれのカラダとコトバとで何とか状況に対抗しようとしていたなあ、と。

実は最近、ちょっとした仕事がらみで、「十年にひとりの逸材」と言われているというある若手劇作家&演出家の芝居を見る機会があったんですが、いやはや、なんというか……改めて、もうニッポンの芝居ってのは死滅したなあ、と感じた次第。とにかく役者が役者になってない。劇場なら劇場という「場」に立とうとしていないし、演出してゆく側がそのように強いてゆくだけの確信がないのがミエミエで、あらゆる意味で芝居以前、表現よりはるか手前のところで未だにうじうじしているような、そんな情けない舞台でした。

その意味で、よっぽどいまどきのお笑いの連中の方が、まだ「ライブ」の感覚、カラダ張って観客と対峙してゆくことで獲得できる「自由」についての信心が、当人たちがそう自覚しているかどうかはともかく、少なくとも「場」と共に宿っていることくらいは確かでしょう。玉石混淆はもちろんですが、それでも、何かものをこさえる、こさえて同時代に何か伝えてゆこうとすることについての真実ってやつは、時代や状況が変わったとしても、ある一定の水準でそうそう変わるもんじゃないだろう、と、このへんは民俗学者の地金丸出しで言いたくなったりした年末、でありました。

2006年もこれで終わり、です。雷太が何か言え、と厳命してやがるので通りいっぺんの時候の挨拶みたいになりますが、読者の皆様方も、とりあえずよいお年を。今年はこの週刊月曜日も少しマジメに軌道に再び乗せることができたかと思うので、来年はもっと体重乗せた一発を確実に繰り出せるように精進したいと思っています。

生涯一穢多。しょせん蛆虫のろくでなし。だからこそ見える世間も、〈リアル〉もある。
それをゆっくり証明してゆく道行きは、まだまだ半ば、です。