ネットと現実、再考

 

 電網空間とマスコミ、ネットと現実、そんな対比の図式がいつの間にかあたりまえになっている。一見、わかりやすい。キーボードとディスプレイを介してつながったかに思える、とりとめなく広大に思える空間と、そのこちら側で日々の営みに汲々とせざるを得ない、眼の届く範囲の矮小なワタクシ。個人と社会、ホンネとタテマエ、私と公、自我と世界、此岸と彼岸、などなど、古くて新しい哲学的形而上学的な煩悶にも、それは連なりかねない。

 だが、本当にそうなのか。ネットと現実とは対立項なのか。それらを対立項として考えること自体、かえってわれわれの眼をくもらせているところはないか。

 楽して生きてきた人間ほどネット上では他人に厳しいからな

 安全なところからキレイゴトやタワゴトを言い続けること。自分がさんざん煽っておきながら、その結果がうまくいかないと知らんぷりを決め込むところ。この点についてはマスコミもネット住民も変わらんよ。現場の人間にとって見ればね。

 マスコミに流れにくいニュース、情報、噂の類まで含めて、ネットではランダムに流れている。少なくとも、そう思われている。そこに「自由」を見、パソコンを武器にその自由を自在に泳ぐ自立したひとりの個人、というセルフイメージがネット住民たちの間にはあった。少なくともネット黎明期、前世紀の終わりには。それはある種のエリート意識、選ばれし二十一世紀旗手、といった気分を濃厚にはらんでいた。デジタルディバイドと呼ばれたネットを軸にした世代間情報格差が取りざたされたのも、今のように「格差社会」のかけ声が大きくなる前だった。思えば、あれはさきがけだったのか。

 だが、パソコンが家電になり、ブロードバンド環境も整備され、いやそれよりもさらに急速に携帯電話が電網環境に接するための端末として普及してゆき、そんなこんなで、少し前までネットに濃厚に漂っていたそのようなとんがったエリート意識は、このところのネット住民たちの間では、どうやら思った以上に中和されている。ネット? 別に普通じゃん。テレビ見るようなもんでしょ。携帯からだって見れるし、マン喫やネカフェだってあるし。あ、学校だとタダだし一番トクかも。

 ネカフェホームレスとか聞いたこと無いか? それに若年貧困層(年収200万程度)の娯楽で、PC(ネット閲覧)が大きな幅を持っているのは事実。これだけ金のかからない娯楽はないよ。ネット閲覧だけなら5万円のPCと月3000円のADSLだけでOKなんだから。カラオケや飲み会をケチるフリーターでもPCは持ってる。今はそういう時代

 iPod関連スレでは、ネカフェで何とかなりませんか?とか、ネットに繋がってないんですが、パソコンが無いんですが、っていう質問が多いよ。高校以上だとパソコン持ってないと、勉強に付いていけないと思うけど、学校のパソコンだけで間に合わせるのが多いみたいだね。

 ネットもまた現実である。言語を介して世界に接する動物である人間にとって、リアリティとはある意味、必ずバーチャルでもある。そして、現実はいつも、バーチャルを抱え込みながら予想もしない方向に未来を切り開いてくれたりする。

 衝撃だった。パソコン(PC)が使えない団塊世代以上の高年齢層の断層を「デジタル・デバイド」と呼ぶが、第二のデバイドが出現したのだ。20代の若年層である。まさか、と思うなかれ。高額のパソコンを持たない彼らは、インターネット利用を安価な携帯電話で済ませてしまう。PC族と携帯族の「デバイド」――それはネットにも「下流社会」が出現したことを意味する。第二のデバイドが裏付けられたのは、ネット利用動向の調査サービス会社ネットレイティングスが昨年11月に公表した「データクロニクル2006・ファクトシート」。2000年4月から06年3月までの6年間でのPCサイト利用者の年齢構成比のグラフがショッキングだった。これまでネット利用を牽引してきた20代の比率が劇的に下降線をたどり、直近では全世代の11.9%に過ぎず、50代(11.8%)にほぼ並んでいる。20代人口の減少も反映しているとはいえ、これまでの常識を覆すような数値が出たのだ。

http://facta.co.jp/article/200703060.html

 一部では、「携帯厨」とすでに呼ばれ始めている。パソコンとキーボードを介してでなく、携帯電話とテンキーで電網環境に接してくる新規参入者たち。書き込みのテキストが短い、単発のレスをやりとりする、文脈に乏しい、それまでの議論の経緯を参照しない、できない。瞬間の現在だけがはかなく点滅するだけのような現実。だが、そんな現実を生きる者たちが確かにある塊として現れ始めているらしい。ならば歴史は? 文化は? コミュニティは? 美しい国は?

 新聞記者って馬鹿だな。マスコミはIT弱い人多いからキーボード使えるのがスゴイなんて低次元な発想がでてくるんだよ。キーボードなんて少し触ったら覚えるっての。携帯電話を情報端末として使いこなすほうがよっぽど高度だろ。バブル世代のオッサンより上はほんと使えない。いまだにブ厚いシステム手帳なんてつかってるし。こういう既得権益にあぐらをかいた勘違いジジイ共はいまに世代間抗争で駆追してやる。

 以前軽くカルチャーショックだったのが、ケータイで部屋探しというCM。最初見た時、呆れたというか唖然としたw。部屋探しなんて、ケータイのあんな小さな画面でやらなくてもPC使ってやったらいいがな、どんな層が一体そんな得られる情報の少ないケータイでの部屋探しなんてするんだ? て思ってた。でも、よくよく考え直したら、ケータイでバイト探ししてるような層なら、家にPCもってインターネットつないでる環境なんてないだろうし、きっとPCで部屋探しした方が楽だなんて思いつかないだろうしケータイの方が自然なんだろうな。

 電網環境になじんできた住民たちの最大公約数には、それまでのネット以前、活字がメディアの中核に良くも悪くも安定して鎮座できていた環境で、読み書きを軸に自意識を形成してきた層が確実に存在していた。ネットに「自由」があるように思えたのも、その自由自体がネット以前の環境に根ざした価値だったからかも知れない。目新しいものに思えたネットの文化とは、実はそれまでのネット以前が育んできたリテラシーに立脚していた。ならばさて、最初から電網環境しか知らない、そこで自意識をつくってきた世代が出現してきた時、それらの文化はようやく本当の新しいもの、まだ見ぬ現実を少しずつその姿を見せ始める。

 PCなんていっちゃ悪いが、学校でキーボードを打っているだけで、もう沢山って感じだ。家までPCなんて、たいした性能でないくせに場所ばかりを取って邪魔で仕方ない。2ちゃんねるやるだけなら携帯だけでじゅうぶんだ。

 こないだ履歴書出してきたやつ。

  特技:ケータイの早打ち

  趣味:友達とメール(ケータイにて)

でした。

 若い人が、進んでラインに仕事を求める、というのも実はあるんです。わしの知り合いの土建建築等の会社も求人は出すのですが、若いの、さっぱり集まらないのです。で、手配師だとか派遣会社とかと相談するのだが。今の若いのは、たった五人ぐらいでもチームのように人間関係をつくるのはいやだ、と言うのが多いらしいです。目の前の仕事、誰とも会話せずにやっている方が気が楽、というのが結構いるそうです。誰にも干渉されずに、薬品まみれの弁当総菜を一日盛っていたり、していたいそうです。

 何度でも言う。「格差社会」のお題目は、多くの者が「ああ、なんかそういう感じってわかる」と思ってしまった、そのことに最大の意義がある。断じてそれ以上ではない。虚心に瞠目すべきはそういう感覚、言葉にはなっていなくても日々漠然と抱いている違和感、それが確かに存在している、そのことだ。そして、その感覚を及ばずとも少しずつ言葉に置き換えてゆこうとする、そんな営みにもまた、この電網環境はささやかながら寄与している。ここでは言わずもがな、ネットと現実は単純に対立項、ではない。

 派遣先の工場で自分が作ってる製品の値段が、自分の月給2ヵ月分だと知った。何かやる気無くした。これからは適当に仕事やることにした。どうせ買うのは、ある程度金のある奴だ。何か不具合があっても知ったことじゃない。全て格差社会が悪い。自己責任の自業自得だ。

 給与低いなぁ、上がんないかなぁと思ってたら、派遣で俺の上で働いてる人(バリバリ仕事もできて社内で頼られまくってる)が給与17万だと聞いた時には半泣きになった・・・息子さんもいるらしいし大変だ・・・滅茶苦茶だよな、日本。

 うちの会社みたいに今30前後の同僚が極端に少ないと淋しくなってくる。うちだけじゃなく、その世代が抜けてる企業多いだろうな・・・。

 古い世代の奴らのルールで戦うのは馬鹿だという認識が、受験バブル時代&就職氷河期を生きた30代あたりにはある。「負けゲームだ」と。まあ、30代の意識では、地位や年上の力は敬うものではなく、守るのを怠けたものから奪い取るものだと。この辺40代以上のバブル期の能無し&団塊と、20代のゆとり教育世代とは違うんじゃないのかな?

 国、という感覚もまた、そんな電網環境が整備されてゆく過程と無関係のはずがない。それは単に「ネット右翼」だのとレッテル貼りするだけの知的怠惰とは全く別。それこそまさにデジタルディバイド、旧世代リテラシーに安住したままの化石たちの思考停止。別名、マスコミ脳。

◇マスコミとは

● 談合を非難しているのに、記者クラブという巨大談合組織が存在する。

● 丸投げを非難しているのに、下請け制作事務所に番組を丸投げしている。

● 公務員や銀行などを護送船団と揶揄しているのに、あらゆる制度によりマスコミが庇護されていることはほとんど触れない。

(例:記者クラブ制度、再販制度、東京キー局制度)

● 企業や個人(特に公務員)の不祥事は徹底的に叩くが、マスコミ側の不祥事が発覚した途端、隠蔽を謀り何事も無かったかのような振る舞いをする。

(例:朝日新聞社長息子の大麻所持事件隠蔽、日テレ・炭谷アナの盗撮事件隠蔽)

● 不偏不党を謳うが、スポンサーやイデオロギーのフィルターが かかっていることがほとんどである。

(例:TBS・ニュース23)

 いまやネット住民たちのほぼ常識となったマスコミ観。それ自体はなるほど、メディアリテラシーの向上、ではあるだろう。だが、と同時に、そんなマスコミを介した情報のリリースがないと、ネットの情報のほとんどもまた成り立たない。まさに、仲良く喧嘩しな、の関係。と言って、だからネットはくだらない、と断罪して見せるのもまた新たな硬直を招来する。ここでもまた、ネットと○○、という対立項は陰に陽に、われわれの眼をくもらせることに。

 ネットの情報ってほとんど二次情報かソース確認付加じゃないか。一次情報だしてるサイトはテレビなどの既存メディアなみのフィルタリングがかかってるし。ネットで豊富に見えるソースは、ソースではないよ。ひろゆきオーマイニュース発足時にズバリいってたじゃないか。ネットで2ちゃんねらが「情報だ」と思ってるのは実は「情緒」にすぎない。

 日本のブログの多くは、一次情報に欠けている。現在のところ、日本のブロガーが積極的な取材を行っているケースは非常に少ない。多くのブロガーは、一次情報を新聞や雑誌などに依拠している。私の知るマスメディアの報道記者たちは、ブログに対して批判的な意見を持っている人間が実に多い。「しょせんはわれわれが集めてきた情報について、コメントをこねくり回しているだけじゃないか」というのである

 さよう、こねくり回しているだけ、ではある。だが、そのこねくり回し方にも上手下手はあるし、それを月旦する名無しの観巧者もこれまでよりはるかに広く、同時代の桟敷に居並んでいる。そのことも含めて畏れられる器量のないマスコミは、早晩、化石のマスコミ脳のまま新たな情報環境の地層に埋もれてゆくが定め。ならば、たとえばこんな素材はいかがだろう。なぜかマスコミでは片隅でしか報じられぬままだったようだけれども、さて、どうこねくり回したものか。

デンソー機密持ち出し 会社で発覚後HD破壊

 大手自動車部品メーカー「デンソー」(愛知県刈谷市)から大量の製品図面データが持ち出された事件で、愛知県警に横領の疑いで逮捕された。同社社員楊魯川容疑者(41)=同市神明町=が、データの持ち出しが発覚し、会社から私物のパソコンを見せるように要求された直後にハードディスク(HD)を破壊し、データを復元できないようにしていたことが十七日、分かった。県警は、楊容疑者がデータをコピーした証拠を隠滅したとみて追及している。

 調べでは、楊容疑者は十三万件の電子図面データを社有パソコンにダウンロードして自宅に持ち出したことが分かった今年二月、会社側の聞き取り調査に対して社有パソコンのほか、私有のパソコンを提出することを約束した。しかし、その直後、私有パソコンのHDの表面を千枚通しのようなもので傷つけ、内容を完全に破壊した。このため、私有パソコンにデータが移されたり、外部に接続して流出させたりしていても、その記録が確認できなくなった。社内のデータベース点検で楊容疑者が大量にデータをダウンロードしていたことが発覚していた。HDを破壊した楊容疑者は、その後の会社側の事情聴取を拒否して急に中国へ出国。今月四日にあらためて来日して自宅に戻っていたが、捜査が進む中で再び出国しようとしていることが判明し、十六日に逮捕された。

 一九九〇年に来日し、東京都内の工学系大学に就学する以前、楊容疑者はミサイルやロケットの製造開発にかかわる旧「中国航天工業総公司」に勤務していたとされ、県警でデータ持ち出しとの関連を調べている。

東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070317/eve_____sya_____001.shtml

 ほーれみろ、ほーれみろ、ほーれみろ。コストを取るか民度をとるかの2択だよ。

 中国人のパスポートは会社が預かってるものじゃないのか? バレたと同時に帰国って、隙がありすぎるだろ。設計図には、リバースエンジニアリングでは判らないノウハウが詰まっているわけで、デンソー死亡といってもいいくらいだ。

 時期的には旧正月の帰国だけどな・・・・

 会社から貸与されるノートPCをもって帰る時点でダメダメじゃん。いまどき、営業だって持って帰るには相応の手続きをしなきゃだめなんて当たり前なのに。

 一般の日本人の中にすら犯罪者が生まれることもあるんだぞ。全ての中国人がまともに仕事しないとはいわないが、ガキのころから反日感情醸造してきた奴らが「魔がさす」確率を考えたら雇用の段階でリスクヘッジすべきだろ。

 団塊の馬鹿幹部って異常に特亜の人間を持ち上げるからなあ。優秀だし文句言わないって。そりゃそうだ。だって、スパイなんだもん。優秀だし文句いうわけないだろ

 松下の工場で働いていた者ですが、そこの工場長が「この工場に中国籍の者が居るか?居たら叩き出せ!」と言ってた。

 日本はスパイ天国よ。日本の奨学金で大学卒業して、日本猿女を犯して、日本の機密情報を高く売り飛ばして、おかげで一生遊んで暮らせます。本当にありがとうございました。

 内地雑居、つまり外国人の居留地、租界が撤廃され隣に外国人が住むことが許可されたのは明治32年、以来一世紀あまり、かつてない規模での外国人との雑居が進行している。中曽根内閣時代の留学生十万人計画に始まり、経済環境の激変から必要に迫られた各企業での「研修」に名を借りた労働力輸入まで、世界に門戸を開かねば、という戦後民主主義由来、いや、八紘一宇東亜同文会あたりからすでに発症していたお人好しぶりがそれを後押しする。世界はひとつ。人類は皆兄弟。八紘ヲ一宇トナス日本男児の気宇壮大、未だ健在なり。

 NHKのニュースでは東北地方も嫁不足が深刻で、業者を通じた集団見合いで現在1033人の中国人嫁がいるそうだ。過疎の農村はなんとか子孫を残し家を守りたいのだ。参加費用は1人180万くらいだそうだ。現在、姿を消す中国人が増えて来てもう66人逃げて都会で働いてるようだ。中には結婚後、中国に子供がいることを告白され、仕方ないので呼び寄せたら、子供を置いて逃げたそうだ。これじゃ、他の鳥の巣に卵を置いてくカッコーとおんなじだ。逃げる中国人も悪いが、過疎の自然の中に飛び込もうという精神のない日本の女性も悪いのだ。男があまっているというのに。

 滞在資格を延長することだけを目的に結婚する特定アジア女に注意してね。それから、永住資格取るために妊娠する女もね。

 

 子供出来たら、架空DVを訴えて女性センターに逃げて、生活保護を受けての、横須賀の米軍基地にメイドで住み込みつつ、新宿歌舞伎町で売春、年収5千万は稼ぎますから。もちろん、米軍基地のメイドは金で買った資格、日本の警察が手出しできない予防線ですから。

 

 可哀想なのは日本国籍の子供、どうせ、母親の帰国までの道具ですから、まともに学校にも行かしてもらえない。ひどいのになると母親の母国に出国ってことで、追跡不能ですから。パスポートの顔写真、生後数ヶ月じゃ、本人確認できませんから。

 

 数年後、金持ちのガキが金でパスポート買って日本人として再入国です。

 

 もう、無茶苦茶です。おれ、日本の入国管理破綻してると思います。オレの職業、まぁ、その関係の公務員です。