「ネトウヨ」雑考

 「ネトウヨ」というもの言いがあります。「ネットに棲息する右翼(的思想を持っている者)」とでもいうような意味らしい。昨今、雑誌その他の表のメディアでもちらほら使われ始めているようですから、眼にされた向きも少なくないかも。いや、それどころかそもそもこの『言志』自体がwebマガジンですから、そういうweb環境ネット経由の動きについては読者諸兄姉、先刻ご承知のことと考えるのが自然でしょうか。いずれにせよ、そういういわゆる流行語、最近の世相から出て来たもの言いということになります。

 まずこの「ウヨク」がカタカナ使いなこと、これは昨今いろんな場面で見られるもので、特に広告宣伝CM界隈などで眼につくようになって久しい。敢えてカタカナにすることで生じる距離感、漢字主体でそれまで使い回されてきた言葉やもの言いに否応なくまつわってきた意味の鬱陶しさ、鈍重な印象などを一気に風通し良くして別のことばのように感じさせる、言わばそういう手法です。

 右翼ではなく左翼を「サヨク」と表記することは以前からありました。島田雅彦が「優しいサヨクのための嬉遊曲」という小説を出して多少評判になったのが83年、今読むと村上龍三田誠広の悪いところを足して思いっきり水増ししたような代物ですが、そんな当時の空気を受けるような形で磯田光一が『左翼がサヨクになるとき』で中野重治からその島田含めた「当時の〈いま・ここ〉」までを俯瞰するような評論集を上梓したのが86年、いずれにせよ80年代の価値相対主義全盛が前提のポストモダン状況でのものでした。「思想」や「政治」にまつわる重さ、当時のもの言いで言えば「ネクラ」な感じをひっくり返して「ネアカ」にしてゆく、当時ある閾値を越えたかにも見え始めていた大衆社会化と高度情報社会化に対応する処方箋だったわけですが、それがここにきて「右翼」にまで使われるようになったということではあるのでしょう。

 もちろん、だからと言ってそれは旧来の語彙としての「右翼」ではない。思想信条として背景も含めた定型としてあったそれら「右翼」でなく、もっとゆるやかな保守思想、それこそ90年代にあの『ゴーマニズム宣言』あたりを糸口に当時ほぼ自明の権威と化していた「戦後」の言語空間に対する違和感を持つようになり、「若者の右傾化」などと評されていた気分の後裔と考えていいと思います。だからこその「ウヨク」表記なわけですから。

 後段の「ネト」つまりネット空間に棲息している、というあたりは言うまでもなくweb環境の普及浸透によって、それらメディアを介して新たに浮上してきたそれまでと少し異なる公共空間から姿を現してきた、という彼らの出自についての表現ですが、これらが組み合わされて「ネトウヨ」となると明らかに軽侮軽視のニュアンスが自明の前提になっている、ここがひとつ見逃せないポイントかも知れません。

 ならば、その軽侮している側、とはどのような立場なのか。先の90年代状況で「右傾化」と型通りに評されていたような、「戦後」の言語空間とそこにあぐらをかいていた価値観世界観の類に素朴な違和感を抱いた気分に対して、決して深く考えたり思索したりした上でなくほぼ条件反射的に不信感を持つような意識、とでも言いましょうか。要は理屈抜き、保守的考え方に同調するのは問答無用で馬鹿にしてよい、という自動装置のごときプログラムをあらかじめ設定された意識たちです。その意味で「戦後」パラダイムの内側で安穏と疑問も持たずに過ごしてきた、今もなおそこにまどろんだままな人がたということがひともまずできるでしょう。

 今さらながらに「左翼/右翼」という対立図式でしか、思想的政治的な現実を意味づけ解釈する枠組みがわれら同胞の手もとにはなかったこと、今これだけ情報環境が変わった現在ですら、というあたりに改めて茫然とします。「ネトウヨ」に対置されるべきは昨今だとどうやら「リベラル」あたりになるようなのですが、その「リベラル」もまた、かつての「左翼」はもちろんのこと、そのカタカナ表記の外来語として登場してきた「リベラル」そのものの経緯来歴などからもひとつ遊離したところで、居心地の悪い〈いま・ここ〉を意味づけ落ち着かせるための応急処置、場当たりの補強具材のようにぞんざいに使い捨てられる運命のもの言いにしか見えません。

 夏には参院選が控えています。おそらく既存政党の合従連衡はさらに進み、永田町界隈の現実を解釈してゆく道具立てとしてさえも、それら「左翼/右翼」「革新/保守」「親米/反米」的な対立図式は最終的に無効であることを露わにしてゆくでしょう。そこから先、どんな言葉やもの言いを、どんな図式や理論を、よりよい未来を選択してゆくために真に有効なツールとしてわれわれは手のうちに入れることができるのか。傍観者や観客でだけいられる安穏もまた、「戦後」と共に過ぎ去りつつある季節のように感じています。