意見陳述書――札幌高等裁判所

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 大学法人側は、自分が2020年度前期に担当していた科目が、その後、講義の引き継ぎなどもちゃんと行われて問題がなかった、と主張していますが、全く事実に反しています。

 また、受講していた学生たちにとっては、前期半ばで何の予告もなく担当教員がいなくなり、その経緯の説明も満足に行われず、それぞれの講義の後始末やフォローアップについても連続性や整合性を考慮されないままでした。さらに、前期途中で講義を打ち切らねばならなくなったことについて学生たちに対して説明する機会も自分には与えてもらえず、責任として提案したフォローアップについても拒否されました。

 まず、自分の担当講義科目であった「現代文化論」「マンガ学」「ポップカルチャー論」の3科目については、6月末に「懲戒解雇」処分がくだされたあと、7月上旬から中旬にかけての2週間から3週間の間、それぞれの科目の次の担当教員が決まらないまま、学生たちはほっとかれていました。その際も、それまで自分がどのような講義を行ってきていたのか、事前に学生に示してあったシラバスの内容と引き比べ、その後別の講師がどのように引き継いで講義を展開してゆくことが教育課程上妥当なのか、などといった打診や相談、打ち合わせなども一切されないままでした。さらに、その後も含めて、どの科目がどのような教員にその後引き継がれ、以後の講義がどのように展開されたのかなどについても、自分に対しては一切、説明も報告もされないままでした。

 また、演習科目である「応用演習Ⅰ」(3年生ゼミ)と「テーマ研究Ⅰ」(4年生ゼミ)についても、後任がどの教員になるのかはもとより、学生ひとりひとりのそれまでの研究テーマやそれに応じての指導内容など、いわば医師ならば個別のカルテにあたる内容を引き継ぎにあたって参照されるべきところ、これまた何ひとつ打診や相談、打ち合わせをされないままでした。4年生には卒業論文を抱えている学生もおり、これは卒論指導という大学教育においては研究と連携する重要な案件のはずですが、これもまた同様の対応に終始しました。

 大学側がその間、自分の担当していた講義や演習について、誠実に学生たちに起こっていることについて事情を説明し、高等教育機関としての責任ある対応をしてきたとは到底言えない状態だったことを強く申上げておきます。

 また、在学中の現役学生のみならず、OB、OGの卒業生たちが今回の自分の「懲戒解雇」に関して文書を大学側に提出していて、その内容について大学側からの回答を求めていたのですが、それに対しても大学側は誠実な対応をしないまま、今に至っています。

 大学の教員は研究と共に教育も大切な本分であり、特に自分のようなタイプの教員は学生たちとの日々の具体的な関係やつきあいから常に刺戟を受け、さまざまなヒントをもらったりしながら、研究生活を続けてくることができたと思っています。

 少人数での個別指導も含めた濃密なつきあい方になる演習は言わずもがな、レクチュア形式の講義であっても、単にあらかじめ伝えるべき内容を淡々と一方的に伝えるようなものではなく、受講する学生たちとのその回その回のやりとりによって、こちらの考えを整理しなおしたり、また新たな発見を加えていったり、微調整をしながらシラバスにあらかじめ示した講義の内容と達成目標に向かって努めてゆくのは、大学教員ならば誰しも経験していることのはずです。

 大学側が「思い込み」と断じて、自分の「懲戒解雇」の根拠にしている、外国人留学生に関するさまざまなコンプライアンス違反やガバナンスの不適切については、それが「思い込み」ではないことは明らかであると思います。裁判所にはその点をきちんと見ていただきたいと思います。ただ、それとは別に、大学教員としての自分が学生たちのいる場に早く戻れること、講義や演習などを介して自由に闊達に、大学本来のあり方にふさわしい「学ぶこと」の愉しさを共にわかちあえるようになることを望んでいます。

 そのためにも、まずは私の大学教授としての地位を仮にであったとしても裁判所に認めていただき、オンライン授業など様々な手段を通じて大学教授として学生を教育指導したいと考えております。

 どうかよろしくお願いします。

*1:例の「懲戒解雇」訴訟での、仮処分申し立ての高裁へ抗告した際、意見陳述書として提出したもの。