『EYECOM』編集長 福岡正弘さん

 大月です。パソコン雑誌で「パソコンなんていらない」てな看板掲げて商売しようなんて、というジト眼の視線をひしひしと感じつつ、まずは店開きさせていただきます。
 えー、看板通り小生パソコンは使えませんし、ひとまず使う気もありません。職場に導入された端末で電子メールぐらいは仕方なくやらされているんですが、それ以外では全くパソコン知らず。ワープロは早くから使っているのでキーボードには慣れているし、また、パソコンとはおよそどういうもので昨今どうなっておるのかという一般常識程度の知識も持ってはいるつもりですが、しかし、自腹を切ってパソコンを買う必要を感じていないばかりか、マルチメディアだのインターネットだのをおいしく喧伝して回る今どきの手合いなど、ひとからげに「電脳詐欺」と呼んでかねがね敵視しおります。まあ、本誌読者にとってはほとんど外道のバチ当たりかも知れませぬ。
 そんなバチ当たりな人間がこの「電脳詐欺」全盛のご時勢に盾突いて、いかに「パソコンなんていらない」という理論武装をしてゆけるのか、というのが経営方針であります。その過程で「いや、パソコンってのはやっぱり必要だわ」と、こちらが説得され折伏されるのならばそれも本望。編集のO氏は「つまり、風車に立ち向かうドン・キホーテですね」と言ったけれども、できるだけデカくて怪力無双な電脳風車を求めていざ旅立ち、であります。
 初回は、何はともあれこのお座敷を貸していただく本誌編集長、福岡俊弘氏にご登場あい願うことになりました。

――発行部数はどれくらいなんですか。
福岡 およそ二十万部ですね。ただ、このままでは先行きジリ貧だと思うので、向こう一年ぐらいかけて誌面をリニューアルしてゆく予定です。今のパソコン雑誌というのは、外に出なくても企業リリースの情報などを使ってベンチマークの結果やスペックを並べればオフィスの中で全部作れちゃうんで、もっと外に出てビジュアルがなければ伝えられない記事を足で拾ってくるようにしたい、と思ってます。
――ハードだけでなくソフトの商品テストみたいなこともしてるんですか。福岡 してますよ。ただ、ソフトの評価というのは難しくて、それを使いこなすまでいくとほとんどインストラクターになっちゃう(笑)。また、たとえ百年に一度しか使わない機能でもその機能が必要な人もいますしね。
――それはそういう特殊な機能が必要な人向けの商品として分化してゆけばいいだけのことなんじゃないですか。
福岡 個々に商品を出すよりも、パッケージをまとめて大量生産した方がコストダウンになるらしいんですよ。
――とすれば、今出ているソフトは使いこなせくてむしろ当然だ、と。
福岡 そうですね。全て使いこなしている人なんてまずいないと思いますよ。作ってるソフトハウスもそうは言わないけど、たぶんそう思ってるでしょう。――パソコンについての大衆的理解がとてもヘンなものになっていると僕は感じてるんですが、そのあたりは。
福岡 どのレベルで大衆的理解が得られるかというと、たぶんクルマが目安なんですよ。目的地に行くのに歩いて行けばいいんだけど、でもクルマに乗れば便利ですよね。それと同じで今のわれわれは大量のコミュニケーションに迫られるようになってて、その中で意志決定を迫られている。だからパソコンを使わざるを得ないという循環に入っちゃってるところはありますね。――でも、それは主に仕事の局面においてであって、日常誰もがそうなる必要があるとは僕にはとても思えない。第一、その循環から“おりる”ことだってありだと思うんですけど。
福岡 世の中の流れがそうなっている以上、仕方ないんじゃないですか。
――世の中の流れを変えることを今のお仕事とつなげることは考えませんか。
福岡 うーん、それは僕なんかの仕事じゃないですよ。
――でも、情報生産業でしょ。こんなに「便利」だよ、と共に、「便利」じゃなくても平気だよ、という論理も出してゆけないと、大衆化をめざすメディアとしては負けだと思いますが。
福岡 「便利」が実現するためにはインフラが揃わないとできないんですよ。クルマならば舗装道路ですね。それがまだまだ整備されていない。今はまだ道路も整備されてないのにすごいスポーツカーが売り出されて走っちゃってるようなものなんです。
――それって、そんな状況でそんなとんでもないものを作って売ること自体が間違いってことはないですか。
福岡 できちゃったものは仕方ないんじゃないですか。
――「できる」ということは常に「便利」につながるのかも知れないけど、「何のために」がよくわからない。
福岡 でも、クルマが登場してきた時もそんなことはあまりきちんと考えてなかったと思いますけどね。たとえば、僕たちでも新製品が出て最初は何をするためのものかよくわからないことがあるんですけど、でも、使ってゆくうちにやっぱり便利だ、これは必要だな、ということになってくるんですよね。

 三八歳。岡山は玉野の出身。「オヤジはそれまで僕が何の仕事をしてるかまるでわかんなかったと思うんですけど、ウインドウズ95の騒ぎでやっと話のできるきっかけができた」と苦笑する。物腰はソフトだけれども、その分どこかホンネを隠してるように感じたのはバチ当たりの被害妄想でしょうな。でも、現実はすでに否定できない、という世界観に立つか立たないかが今どきの「電脳詐欺」状況に対する身構え方の根本的な違いになるということは、不肖大月、実によくわかりました。