中津競馬、最期の戦い

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 「ずっとこの仕事してきよったからねえ。今でも毎日こうやって馬の顔を見に来るんよ」

 地下足袋に作業ズボンという出で立ちの、とても小さなおばあさんがこう言いました。自分の担当馬はもういなくなってしまい、厩舎そのものにももう馬は二頭しか残っていない。その二頭もいずれ行く先はわかっている。「廃止」騒動真っ只中、九州・中津競馬場の厩舎の昼下がりです。

 「身体が動く間は人間、働かんといけんね。亡くなった亭主がずっと馬の仕事してたから、一緒に寝藁あげたりしてたんだけど、こうやってやることなくなってしまうのが一番いけん」

 厩舎団地の住宅にひとり住まい。郊外の耶馬渓に実家があって、ご主人のお墓もそこにあるそうですが、娘さんたちが「早くラクしなさい」と言っても、やっぱり馬のそばがいいから、と競馬場を離れなかったそうです。それほど競馬は、馬の仕事は魅力的だった。だから、トラックに横積みにされて姿を消す馬たちを見るといてもたってもいられなくなった。「積まれる方も残る方も、どっちも鳴きよるんよ。お~い、えらいことなりよるぞお、って互いに教えよるんやなかろうか、って、あたしら言いよったよ」
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 ここ中津競馬場の一件、前回ご報告した時からまたひと月近くたって、馬たちはまたぐっと少なくなりました。馬房の扉は閉じられたままのところがほとんどで、馬がいるのはせいぜい厩舎にひとつかふたつ。それもみな飼い葉を減らされてどこかさびしげです。

 馬房から出した顔に、お、ちょっと元気のよさげな馬がいるな、と思ったら、それはプレジャーワンでした。先日、京都の特別戦に登録しながら熱発で出走を断念して帰ってきた馬。去年、ここ中津でふた鞍だけ導入された認定競走の勝ち馬の一頭です。三歳の認定馬ですからどこか他の競馬場に行く可能性はあるはずですが、カク地馬として中央の番組を使うためにまだ厩舎に残っていたということです。隣の厩舎には二歳馬でまだ乗り込み始めたばかりのアラブなどもいる。人のほとんどはデモや署名活動に忙殺されて、留守番役の何人かが交代で残るくらいで今はがらんとした厩舎には犬たちが寝そべっているばかり。気勢をあげたりシュプレヒコールを連呼したり、といった激しさは見当たりません。

 特に、ノリヤクたちは寡黙です。通算三千数百勝を誇る騎手会長の有馬騎手も言葉はほんとに少ない。そろそろ自分の身の振り方を本気で考えなければならない時期のはずなのに、でも、そんなことはひとことも口にしません。「仲間がみんなどうなるかわからないのに、自分ひとりどうしたいなんて言えない。自分のことはみんなのことがある程度見通しついてからです」と、静かに言葉を選ぶようにして話します。

 かつて、ミスタートウジンオースミダイナーもいなかった頃、入厩馬の年齢制限がまだ厳しかった時代に、南関東を振り出しに全国の地方競馬を渡り歩いたテイサウンドを十五歳まで走らせて話題になったベテラン、鋤田調教師も同じです。「今はまだ先のことなんてとても考えられんよ。どうなるか、わたしら調教師もわからん。誰もわからん」
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 「廃止」という事実だけは間違いなく、日々刻々とつきつけられてくる。そのことは組合の幹部たちも認めています。それでもその一方で、少しずつ風向きは変わってきているようにも思えます。テレビでも『ニュースステーション』などがこの問題を取り上げて、遅ればせながら全国区の問題になり始めていますし、不肖あたしもダービー特集の『Number』の片隅で現場の声をささやかながら伝えさせてもらいました。その他、大手週刊誌などもいくつか取材に動き始めているようですから、この原稿が載るあたりからは、東京や大阪といった中央圏のメディアにも「『廃止』に揺れる中津競馬」の文字が少しは見られることでしょう。

 あたしゃしつこく繰り返しますが、ほんとに市長ひとりだけのほとんど独断と思いつきで、何の猶予期間も準備もできないままにいきなりの「廃止」決定、しかも馬と一緒に競馬を支えてきた厩舎関係者にたいしては「法的根拠がない」という一言で全く補償をしない、という、こんな前代未聞のメチャクチャなやり方がこのまままかり通るとしたら、いずれ赤字に苦しむ全国の地方競馬の中から「じゃあうちも…」となる主催者がいくつも出てくるのは火を見るよりも明らかです。「廃止」そのものの是非もありますが、それ以上にこういうやめ方、こういう補償なき「廃止」をすんなり許してしまうことは、馬と共に競馬の仕事に携わる人たち全てに対するこの上ない侮辱です。「赤字だから仕方がない」という図式だけがひとり歩きしていますが、よくよく見るとその競馬の「赤字」というのも、市の財政悪化の人身御供にさせられているようなところがある。もっともらしく市の側が持ち出してくる数字の背後の不透明な部分も、地元ではそろそろ暴露され始めています。

 ともあれ、時間がもうありません。本来ならば今年度の競馬開催が行われるはずだった最後の日、六月三日から後は、もう厩舎関係者は全員無収入になります。なのに、市長は話し合いのテーブルにつこうともしない。せめて、残った最後の馬が競馬場から姿を消し、厩舎の人たちの行く末が見えるようになる日まで、あたしもできるだけ現地に身を置いて「廃止」の帰結を見届けたいと思っています。
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