公営ギャンブルにも「改革」を

あんまり報じられていないのが不思議なのですが、実はここにきて、競馬がえらいことになり始めています。まず、馬がいない。いや、正確に言うと馬はいても、馬主がいない。とてもじゃないが馬なんか持っていられない、というのが現実です。

土日にやっている中央競馬の場合は、手厚く保護され過ぎな厩舎制度の弊害もあって預託料が高すぎて個人の馬主が耐えられなくなっている。一方、平日主体の地方競馬は、相次いで廃止に追い込まれているように現存する競馬場のほとんどが青息吐息。売り上げ低迷で賞金が安すぎて(多くは一着賞金10万円からせいぜい30万円まで)これまた馬主経済がとても成り立たない。調教師免許を返上して自主廃業する厩舎も出始めましたし、このままほっとくと早晩、日本から競馬場があらかた姿を消す事態になりかねません。

財政に寄与するため、というのが戦後の競馬の大義名分でした。だからこそ、法律で禁止されているバクチも許可されている、と。それはそうなのですが、しかし、25%という世界的にも高い控除率で、ということは、つまり売り上げから胴元=主催者がテラ銭を四分の一ピンハネしておきながら、赤字垂れ流しで何の対策もしてこなかった役人競馬の体質がもう完璧に行き詰まっている。それは郵政や道路公団、最近の社会保険庁などの腐り具合と基本的に同じ、「戦後」の構造的病いでもあります。

競馬に限らず、公営ギャンブルをレジャー産業として整理再編し、再び財政寄与できるように改革することが必要です。まず、天下りの役人利権を一掃して、民間の力を借りることができるよう法律以下の環境整備が急務。役人任せじゃまともに客商売ができないのは、toto(サッカーくじ)の大失敗を見るまでもありません。