ああ、鎖国してえ


 国内に棲む外国人が増えて、治安が微妙に悪くなってきたかも、と感じる気分があります。そりゃ日本人も最近はすさんできてるけど、でも、ガイジンはまた格別。ニュース見てても事件は多いし、乱暴で気性も激しくて、嫁にもらってもカネめあて、留学生も名ばかりでじきに都会に逃げ出しアルバイト、なんかやっぱり信用できない、おっかない、と思ってしまう。これ、サベツだ何だと言われる以前に、まず素朴な感覚じゃないかと。そんな気分がいま、確かにある、それをまずきちんと認めないから、ことがおかしくなる。

 「国際化」は大切です、どこの国のどんな人とも仲良くしましょう、というのは徳目としてはそりゃ結構。でも、脳内お花畑全開、善意だけすっぽんぽんでは、それこそあの憲法九条「非武装中立」並みの理想論。何より、異なる言葉で異なる神をいただく者が、たとえ同じニンゲンの形をしていても、どれだけココロは異形のものか、そのことを思い知ってゆく過程もまた、正しく「国際化」のはず。ナショナリズムと同じ、健康な「国際化」には、善意と共にココロの武装、気分はもう鎖国、という腹のくくり方も等しく必要です。

 財界の偉いさんなどは、これからの日本には外国人労働者が必要、とおっしゃる。外国人には良い人もいれば悪い人もいる、とも。当たり前です。でも、その彼ら彼女らと日々顔をつきあわせるのは、いつも普段の暮らしの個別具体。「ならば、自分のカネでガイジン使ってから同じこと言ってほしいよね」とぼやいたのは、小さな食堂を経営する、ある友人。

 ああ、鎖国してえ。せっかく島国なんだから、経済的にはともかく、不要不急な人的交流なんざいっそ制限するのがいいのかも、と思う今日このごろ。とりあえずはひとりごと、なんですが。