「熱さ」を共有する同志を

 いつも地方競馬やその周辺の脂っこい話題が多いと思うので、たまには少し引いたところで、こんな素朴な疑問をひとつ。

 競馬はほんとに、今もまだニッポンの「国民的レジャー」、なのでしょうか?

 何を言ってんだ、JRAがこれまでやってきたことを見ろ、今も週末ごとに全国で堅実な開催を続けて世界水準の「強い馬」を海外に送り出してもいるし、売り上げだってひと頃より下がってきてるとは言え、まだ年間三兆近くの数字を叩き出している。景気も底を打ったようだからこれからまた回復に向うだろうし、何よりG?には十万人単位のファンが詰めかけて熱狂しているじゃないか。ロクな経営努力もしないまま自業自得で朽ち果てつつある地方競馬やそのまわりの暗い部分ばっかり見過ぎて、目の前の現実が見えなくなったんじゃないのか――そう反論されるかも知れません。とりわけ、JRAという額縁からニッポン競馬を眺めるのが仕事という立場の人たちからは。

 なるほど、JRAに代表される競馬はひとまず今も安泰、個々にいろいろ問題があるのは確かだけれども、でも、それはこれだけの開催規模ならばある意味当たり前、それらをカバーするシステムはとりあえず機能しているし、全体としておおむね順調に推移している、と。確かに、政策的観点の高みから眺めれば、そういう判断になるのも、まあ、理解はできます。

 それでも、です。競馬場やWINSに集まっているいまどきのファンのそのたたずまいに、かつてあったような「熱さ」が感じられなくなって久しいのは、さて、どう考えればいいでしょう。あるいはもっとわかりやすく、JRAもあれほど出現を待望し、あの手この手で下ごしらえや仕掛けをやらかしているにも関わらず、誰もが熱狂し、競馬にあまり関心のない人たちまでその名前を耳にするような“スターホース”が長らく出てこないのは、さて、どういう理由からでしょう。ディープインパクト? なるほど、一応の現象としては。でも、その後はどうでしょう。かつてのハイセイコーオグリキャップのように、トウカイテイオースペシャルウィークのように、種牡馬となってもなおファンの心に何か「熱さ」を呼び起こしてくれるような、そして、引退して後も馬券の売り上げにも貢献してくれるような、そんな「力」を持った名前になっているでしょうか。

 あるいは、こんな例も。近頃増えている中古の本や雑誌、CDやDVDを売るショップの棚に、競馬のコーナーを見かけなくなっています。かつてJRAが四兆近くの売り上げを誇り、若い衆の誰もが競馬に熱狂していた頃ならば、競馬関連の雑誌や単行本、ビデオやゲームなどはいくらでも出ていましたし、その後の中古市場だって賑わっていた。けれども、今や中古でさえも競馬は見向きもされなくなっているらしい。格闘技やプロレス、野球ならばまだ棚の一部を占めるくらいの存在感はあるのに、残念ながら、競馬にはそれすらもうないようなのです。

 世の関心や興味の赴く先はいつも気まぐれで、ブームもその衰退も常のこと、そんなもの、ではあります。とは言え、こと競馬に関して言えば、仮に現状には結果オーライで眼をつぶれるとしても、本当にその先行きを考えるならば、決して楽観できるものではないと思っています。たとえ、JRAの競馬だけを額縁として眺めるのだとしても。

 事実、競馬と共に「戦後」の「国民的レジャー」だったプロ野球や相撲も似たような危機にあります。あれほど待望されていたはずの巨人の優勝が実現しても以前のように派手に報道もされず、盛り上がらず、何よりテレビの中継枠からして減らされている始末。相撲に至っては、何かに祟られているとしか思えないような不祥事や醜聞が連発して起こって、しかもその後始末すらうまくできないのは周知の通り。

 それでも、プロ野球はある意味、巨人とセリーグ中心でない形にファンのニーズが移行しつつあって、パリーグ日本ハムの躍進を軸に、新たな世代のファンを獲得し始めています。また、創設当初のバブル的な熱狂を過ぎて後、経営的にさまざまな困難に直面しているJリーグのサッカーにしても、全国でサッカー人口の底辺拡大を続けてきて効果は少しずつ地道に現われていますし、移り気ではないコアな、信頼できるファン層もようやく定着している。それらに比べて競馬はというと、本当に信頼できる新たなファンというのを育てられているでしょうか。

 ちなみに、競馬を経営する側として信頼できる、というのは、「いいカモ」として年老いてもなお馬券を買い続けてくれる、という意味ではない。主催者と同じ目線で、共に競馬という文化を支えてゆくだけの「熱さ」を共有してくれる、そんな同志のことです。先日、国内で開催されたF1の国際大会が主催者側の不手際でトラブルが多発、マスコミは何とかおさえこめても、本当にモータースポーツを愛する「熱さ」を共有するファンの間で、主催者の大企業に対して急速に不信感が募っていることなどは、競馬もまさに他山の石とするべき事例でしょう。同じ「熱さ」で競馬を支えようとする同志が主催者側にも確かにいる、そんな共感、連帯感こそが今、ファンの本当の支持を、信頼を獲得してゆくために必要な条件なのだと思います。