「体罰」の背景

 「体罰」というもの言いが、ひとり歩きをし始めました。

 大阪は桜宮高校の体育科の生徒が自殺した事件から端を発して、例によって全国の学校でのスポーツ関連の部活動に関わる同様の事例がほじくり返されメディアの舞台に環流、そうこうするうち今度はオリンピック女子柔道の選手たちが連名で代表監督を「告発」、それ以前からオリンピックメダリストが大学女子柔道部員への準強姦罪容疑で告訴され刑事事件化していた一件も下地にあり、柔道のみならずでスポーツ界隈一般にまで一気に激震が。「体罰」に加え、すでに定番のバズワードになっていた「いじめ」も合流させながらメディアスクラムはさらに加速、文科大臣まで異例の声明を発表と、事態は拡大こそすれ収まる気配はありません。

 とは言えこの「体罰」が「いじめ」と併せ技で肥大してゆく中、特に「教育」の脈絡でだけそれらが論じられたりすることの不自由というのも相当に大きい。ましてそれらを「暴力」とだけ理解しようとする「戦後」の習い性が介在してくると、いつの世も漠然とした気分任せな世論のこと、その導かれてゆく先はあらかじめ見えたようなものです。

 「スポ根」というもの言いがかつてありました。少年マンガを中心に一時期流行ったスポーツを素材とした一連の作品群を称して「スポーツ根性もの」と呼ばれた、その省略形。今からもう半世紀近く前、1960年代後半あたりのことです。野球やバレーボールなど、東京オリンピック以降、一気に同胞の注目を集めるようになった「スポーツ」の世界を舞台に主人公たちが切磋琢磨し成長してゆく、そんな「おはなし」。いまだにCMその他に採用されたり、ノスタルジーとともにある種の揶揄も含めて語られる『巨人の星』などが代表的とされますが、さて、当時その「根性」とひとくくりにされていた部分、今となってはほぼ死語に等しいくらい色褪せ古びたもの言いになってしまっているそのありようやとらえられ方が、世間の意識や感覚の中でその後どのように移り変わっていったのか、それが実は、昨今のこの「体罰」騒動での見逃せないポイントのひとつなんじゃないか、と感じています。

 「根性」とは、理不尽で自分の納得ゆかない「苦労」にも敢えて耐える、耐えて「修行」を続けるという意味でした。一般的な理解ではその「耐える」ことが中心になっていたらしいのですが、けれども本質はむしろそのあと、「続ける」ということだったのではないか。  

 続けること、日々やるべきことを淡々と継続してゆくこと、そんな繰り返しこそが多くの人にとっての日常であり、大きく言えば「生きる」ことでもある、といった認識。そこには楽しみや愉快といった要素は基本的に乏しいのが自明であり、むしろ日常とはそのような要素が介在する余地がないくらい、自分の身体を動かし続けることでかろうじて成立っていたようなものでした。「豊かさ」が遍在化してレジームとしての「戦後」が形を整えてゆく、それまでは。

 ゆえに、「苦労」とは誰にとってもどこにでもある日常のあたりまえ、でした。だから、それを「辛抱」して耐えてゆくことが生きることの中心にあった。「あなたも苦労されたんですねえ」といった共感の表明の仕方が、単に社交辞令としての意味をはるかに超えて、同じ時代を生きてきた者同士の連帯感を最も的確に表現できる便利なもの言いにもなっていたのも、そんな背景があったからだと思います。

 「根性」があれば「辛抱」できるし「苦労」も乗り越えられる。その「苦労」はどこかキリスト教などのmissionにも近い「試練」にもなります。スポーツならば強くなるため、勝負に勝つために与えられる「試練」としての練習や訓練の過程。それは厳しく辛いものであればあるほど良いものである、と転換されてゆき、だからこそ時に「修行」といった言葉に昇華してもいった。「スポ根」で描かれたスポーツの多くがそのような「修行」の色彩の強いものだったのも当然でした。

 けれども、今の若い人たちの感覚になると、「モティベーション」「やる気」などが前面に出てきます。かつても「やる気あるのか!」とコーチや教師に叱責されることはありましたが、今の「やる気」は何というか、そのように外部から叱責されてかき立てるものでなく、自ずと自分の中から湧いてくるのが本来であり当然といった感覚のもののようです。いきおいそれは「苦労」とは相容れないものにもなり、「根性」などは必要すら感じられない。そんな厄介なものを介在させずとも「やる気」は誰にもあたりまえに宿るべきものだし、そうあるはずだ、といった認識。

 日常に対する感覚が違ってしまっていることは、このように気づきにくいズレをうっかりと眼前の現実にはらんでしまうもののようです。日常が「豊かさ」に覆われていったことで、身体を動かし続けることが生きることという認識が衰弱してゆき、「続ける」ことの意味や意義も、敢えてわが身に認識させてゆくような契機が必要と思われなくなっていった過程。「体罰」や「いじめ」、あるいは「しごき」などの名詞を介してしか、生身で生きることの意味や意義、そのための誰にも通じる処方箋のありようが省みられなくなっているのだとしたら、それもまた「戦後」レジームとともに考えられねばならない問いのひとつ、なのだと思います。