朝日「慰安婦」報道「検証」記事について

8月5日の朝日の従軍慰安婦報道・検証記事は納得のいく内容だったと思うか。

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[いいえ]

 納得も何も、あんたらやっぱりもう根本的に信用できない、って世間から思われてる、そのことに対する自覚が中の人がたにゃ未だにここまでないんだな、とそのことに改めてしみじみしてしまいました。あ、この「あんたら」ってのは朝日新聞だけでなく、他の新聞や雑誌、週刊誌、テレビなどもひっくるめた、そういう権威あると思われてきたざっくり「エラいマスコミ」一般、もちろん講談社なんかも真っ只中ひっくるめて、ってことですが。

何でもそうですけど、まず、素直に「ごめんなさい、やらかしてました」とおのれのチョンボを認めてあやまってから、ですよね。言い訳にせよ申し開きにせよ反論にせよ。言われてることが事実として違う、やってないならそれはそれですが、どうも今回さすがにそうは言えないらしい。だったらとるべき態度、リスクマネジメントってんですか? それ的にもやんなきゃいけないのはまず、「ごめんなさい」だったはずで、でもそれをどう読んでもやってない。あとの能書きや理屈なんかよりもまずその態度自体が決定的に ああ、あかんわ、もう、ですよね、世間の最大公約数の読まれ方としては。

 産経が正しくて朝日が間違ってる、いや違う、右傾化の風潮でリベラルが誤解されている、とか何とか、もうそういうレベルのハナシじゃ根本的になくなってる状況がそもそもあって、なのにことの本質がどこにあるのか、その認識が未だに間違ってるというね、そこのところが絶望的だなあ、と思ってます。そういう何の根拠かまるでわからんドヤり具合でおのれが「知性」なり「正義」なり「リベラル」wなりの側にあると勝手に思い込んだまんまの能書きやもの言い身振りの類は、それ自体で本質的に今のこういう状況にとっての「反動」(なつかしや)でしかないですね。ほんとに潰れ/潰されかねませんよ、このまんまだと。

一連の朝日新聞誤報(吉田氏による偽の証言)が、日韓関係悪化の一因になっていると思うか。

[はい]

 あれ? 「悪化」してたんですか? あたしなんざ以前からそのへん「鎖国」論者だったりするんで、むしろようやく少しはマシな方向にいってると思ってたもんで、その「悪化」ということ自体、いつ頃のどういう状態をものさしにしてのことか、謎なんですが。むしろ韓流ブームやら何やらむりやり仕掛けられて「親韓」トレンド全開、民主党政権の頃こそが異常だったんじゃないですかね、少なくとも「戦後」の日韓、対半島との経緯来歴を考えてみても。

ただ、少なくとも、韓国のみならず半島との関係が今のような状態に至った、という意味では、その大元のひとつ、であったことは、理屈はどうあれ、どうとりつくろっても否定できないでしょうね。ただ、それは誰が悪い、という悪者探しにだけ向かっては何の解決にも教訓にもならないわけで、そういう記事をとりまく関係や環境、それこそ当事者である記者も含めた当時の「現場」がどうしてそういう方向に流れていったのか、その「空気」も含めた振り返りと静かにことばにしてゆく態度が必要なんだと思います。そういう意味じゃ、それこそ「南京」だの「特攻隊」だのと基本的に同じ、すでに言葉本来の意味での「歴史」の相において考えようとする器量が不可欠になってきてますね。

そういう複線的な視点や態度をゆったり抱え込もうとできないままだと、現実の日韓関係なら日韓関係を今後どうコントロールしてゆくのか、といった「政治」の現在とのからみあいの中で穏当な立ち位置を保ってゆくこともまた、できないままになる。メディアが「煽った」かつての戦争、といった図式的理解もまた、そういう状況でこそまた〈いま・ここ〉に、そういう図式的理解をマジメにしてしまうような人がたの想定外の形で、リアルに再現されてゆく可能性が高くなってくるはずです。

 

過去の報道を検証することで、朝日新聞誤報を流したことの責任を果たしたと考えるか。

[いいえ]

さっきも触れたように、あれが「検証」で、しかもだからもうなかったことにできる、と本気で思ってるのだとしたら、もうその意識や感覚こそが根本的に救いがたいビョーキですよね。組織があり体面もあり、なのはわかりますが、でもだからこそ「決断」が必要なはずで。そういう「責任」の取り方、世間一般の視線や気分を充分に察知しようとした上での身振りの決め方、みたいなところはカケラもない。まあ、何も朝日だけでなく、大手マスコミから大企業、役所に警察、学校その他に至るまで、いまどきの日本の「組織」一般、程度の違いや症状の現れ方の違いはあれど、ほぼ横並びにかかっちまってるビョーキではあるんですが。

ぶっちゃけ、今回の件でも「誤報」がいけないとは思わないんですよ。たかが新聞、それも商業紙ですから商売の事情もあるでしょうし、何より間違うことだってあるでしょう。「誤報」上等、で飛ばしまくるメディアだってもっとあっていいと思ってるくらいです、これはマジメに。

 ただ、いけないのは先にも言った「あ、やらかしてました、ごめんなさい」を素直にカラッと言えないこと、これですよね。特に今回の件だと30年以上ほったらかしだったわけで、その間どう考えても、あれ、これちょっとヘンだよな、と朝日自身もうすうす気づいてきた時期はだいぶ前からもうあったはずですよね。なのに、すんなり「やらかしてたみたい」が言えなくなってるんだとしたらその理由を、まず自分たちの手もと足もと、内側から考えてことばにしようとしなきゃいけないんでしょうけど、そういう言葉本来の意味での「自省」すらもうできなくなっちまって硬直してる。何か知らないけど自分たちを袋叩きにする雰囲気が強くなってる、こんなに一生懸命マジメに仕事してるのにどうしてなんだろう、程度しか感じてないはずで、だから何かというと「右傾化」だの「権力の圧力」だのいきなり「外側」に何か原因を求めたがるわけで。

その他、過去の報道、今回の検証の記事、朝日新聞の姿勢に関してご自由にお書き下さい。

 繰り返しますが、朝日新聞「だけ」の問題では全くない、ということ。それこそ「戦後」パラダイムの内側で商売してきて、もはや状況も環境も変わっちまってるのに未だそれに対応することができないまんま推移している「エラいマスコミ」一般から、永田町であれ霞ヶ関であれ、大企業であれ何であれ、そういう習い性まかせにグタグダになってきたここ四半世紀ほど≒「戦後」が成り立たなくなってきた過程、の構造的問題がわかりやすく露頭した問題のひとつ、だと思っています。

 さすがに誰もが、ああ、こりゃもうあかんわ、と素直に思えるようになった、それは良いことなんだと思いますが、ただ「そこから先」が全く見えない。朝日がダメなのはわかるけど、じゃあ産経なり読売なり日経なりが大丈夫か、というとそういうわけでもない、一つ穴のムジナなわけで、そういうとんでもない大きな過渡期、変革期であることが、世界情勢含めて露わになりつつあることを、思い知らねばならないんだろう、と腹くくってます。

 いまさら何を、ではありますが、たとえば以下のような古証文などご参照いただければ、と。

追悼、筑紫哲也サマ

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20081128/p1

「論壇」の来歴

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20080720/p1

特亜嫌悪感のこと

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20071022/p1

護憲をめぐるエトセトラ

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20070411/p1

「癒し」と「共生」のファシズム

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20070131/p1

マスコミの終わり、はじまり

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20070117/p1

身だしなみとしての「サヨク」「反日

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20061126/p1

嫌韓流、とメディアの手さばき

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20051001/p1

朝日とNHKは似ている

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20050921/p1

新聞記者という紋切り型

http://d.hatena.ne.jp/king-biscuit/20050522/p1

*1:『アサヒ芸能』の取材のためのコメント草稿だった。