ナリタホマレ、オグリキャップ記念

 表彰式、ごついカメラをぶらさげた下ぶくれの競馬おたくや、中央ばりに「ユタカ」コールを絶叫する傍若無人の若い衆、はたまた「おまえが来ると(配当が)安くなるからもう来んでええぞっ」とヤジる一杯機嫌のオヤジなどが雑然とたむろする正面スタンド前、趣味の悪い造花のレイを首からかけた武豊がほとんど芸能人の顔つきで型通りのインタビューを受けています。その背後を、最終レースの騎乗に向かう地元の騎手たちを乗せたバスが通り過ぎます。華やかな場をうしろから眺める眼、また眼。

 その中、窓際に座っていた黄色い帽子の安藤光彰が、ちょっとだけ下を向いて苦笑したように見えました。

 「しゃあないな、今日は花持たせといたろ」

 そんなつぶやきが耳もとで聞こえたような気がしました。

 四月二十七日、岐阜・笠松競馬場。第八回オグリキャップ記念。地元の期待を一身に受けた安藤光とトミケンライデンは、二五〇〇メートルを走り抜いたゴール前で力尽きました。勝ったのは武豊ナリタホマレ。昨年暮れ、水沢のダービーグランプリウイングアロー以下を制して以来の大きな勝利です。

 指定交流GⅡ。小回り馬場を二周半。大井の東京大賞典がついに二千メートルにまで距離短縮してしまった今、地方競馬では一番の長距離戦です。そして一着賞金四千万円。なにせその直前、同じ条件のA級特別「東海クラウン」の一着賞金が二百四十万。平場の下級条件だとわずか五十万そこそこ。そんなささやかな金額で懸命に競馬をやっている笠松などでは、目の玉の飛び出るような高いレースです。中央競馬が地方との交流に重い腰をあげて四年。ゼニカネにものを言わせた地方救済策のあれこれは個々にはいろいろ問題があるにせよ、まず総論としてありがたいものです。とは言え、勝負は勝負、競馬は競馬。地方の馬たちはこれら交流重賞でどこでも血みどろの戦いを続けています。あのホクトベガにプライドをずたずたにされ、桧舞台ではちょっと足りないオープン馬たちにいいようにあしらわれ、「馬場を貸すだけ」の屈辱をバネにそれでも果敢に挑み続けています。

 この日、出走馬は十頭。遠征馬は中央から三頭、その他名古屋と足利から一頭ずつ。前走、驚異的なレコード勝ちをおさめて意気あがる地元のトミケンライデンと、今年になって力をつけた名古屋の看板馬ゴールドプルーフに人気は集まりました。中央から参戦したうちではダート専用の五歳馬ナリタチカラが互角の人気。交流重賞荒らしの常連キョウトシチーメイショウアムールもいましたが、彼らももう九歳。しかも休養明けときてはさすがに人気は落ちます。いくら中央の馬やゆうても、こんなジイさんたちにやられるようじゃしゃあないわ――オッズは明らかにそう言ってました。

 レースは、トミケンライデンにとっては理想的な展開に見えました。スローペースの注文通りハナ切って逃げるタカノハハローの離れた二番手を、ほとんど単騎逃げに等しい道中。ハカタビッグワンやシンプウライデンなど地元の強豪たちを切って捨ててきたように、今日もこれで大丈夫――見ていた地元のろくでなしたちの多くはそう思ったはずです。

 けれども、最後方に構えていたナリタホマレが二周目三コーナーあたりからぐいぐいまくってあがってゆきます。パワーの差、瞬発力の違い。四角手前で先行集団にきっちりとりつき、そしてわずか二百メートルあるなしの短い直線で一気に襲いかかる。連れてあがっていった他の馬たちも殺到する。ああ、いつもならば確実に粘れるはずの最後の数十メートルが粘れません。二着には先行したブービー人気のタカノハハローが盛り返してなんと連単万馬券。三着にもゴールドプルーフが食い込んで、トミケンライデンは四着止まり。五着のチェリーラスターまで二着以下はずらりと地方馬が占めただけに残念でした。

 それにしても、東海の競馬は義理人情です。地元で走った馬の仔はしつこく大事にする。オグリキャップゴールドレットロングニュートリノ、タイプスワロー、ワカオライデン……いずれそんな地元の英雄たちを牧場に返して種牡馬にし、仔を育ててまた走らせる。そんなアラブによく似たこだわりでこの地の競馬師たちは仕事をしてきました。さらに、転戦してきた故障馬を実にうまくもたせて使う。低い賞金と売り上げ減にあえぎながらも、笠松や名古屋が地方競馬の中で独特の地位を占めているのもそんな稼業人たちの仕事っぷりがあるからこそです。

 そう言えば、勝ったナリタホマレも父はなんとオースミシャダイ。せっかく増えた交流重賞、こんな地味な父内国産馬たちの晴れ舞台としても見守ってやって下さい。