中央競馬の売り上げがじりじりと下がってきています。
あまり表立って報道されていないようですが、高度成長期このかた、右肩あがりに増え続け今や年間四兆円を誇っていた世界一の売り上げが、今年になって初めてこれまでにないくらいの幅で落ちている。あれだけ新聞やテレビで宣伝をし、全国の場外で前日から発売されるＧⅠレースでさえも、下手すれば前年比５パーセントくらいは減っています。これからダービー、オークスと続く春の競馬シーズン真っ盛りの中、ＪＲＡもこの売り上げ減には神経をとがらせているようです。
と言ってもたかだか数パーセント。軒並み凋落を続ける地方競馬や競輪、競艇その他の公営ギャンブルに比べればまだまだ大したものではないと言えば言えます。けれども、なにせ総額四兆円というとんでもない大きさのパイの数パーセント。しかも、まるで衰退など知らないかのような伸びを何十年も見せ続けてきた中でのいきなりの落ち込みですから、やはり気になります。
今年は皐月賞の前、十九年ぶりだかに厩務員ストをやったのが痛かったとも言われています。これだけ世の中が軒並み不況なのに、わずかなベースアップを要求してストを打つなどなにごとか、といった世間一般の感覚も、なるほど逆風になったのでしょう。ここのところの自由化政策で外国産馬が増えたことも、微妙に影響しているとも言われます。また、競馬ファンはおよそ三年でひとめぐりすると言われますが、その意味では、バブル期、ダビスタ人気その他で盛り上がった競馬ブームで新たにファンになった若い層がそろそろ離れ始める時期ということもあるのでしょう。
何より、馬そのものが売れない。馬主になろう、競走馬を持とうという人も減っている。厩舎によっては馬房が空いてしまい、本当は休養に出さなければいけない馬でも次の馬が入らないので出せないという事態もあちこちで生じています。地方競馬ではなおのこと。競馬場に馬が入らないのですから、馬産地でも馬が売れ残るのが道理です。実際、この季節、馬産地日高で行われている三歳馬のトレーニングセールでも、売れ行きはやはりかんばしくありません。これは本来ならば当歳や二歳でせりに出される馬を付加価値をつけるためにさらに馴致、調教まで積んで、ほとんど競馬に使えるくらいにまで仕上げた三歳の段階でせりにかけるという新しい試みで、エイシンワシントンなど一時期暴れ回った外国産馬たちの多くがこういうトレーニングセールで買われた馬たちだったことから、日本でもいっちょやってみようと始まったものです。強くなったとは言え、「外車」と呼ばれる外国産馬たちの能力の高さ、とりわけそのスピードは未だ日本の馬たちにとって実際、驚異です。血統だけでなく、育成・調教もまた海の向こうとの違いはまだまだ大きいのです。
そんな外国産馬たちのダービーとも言われるＮＨＫマイルカップ。今年は昨年までのようなシーキングザパールやエルコンドルパサー級の大物がいない、と言われてきました。けれども、いざ終わってみれば一着から三着までやはり「外車」が独占。人気の一角だったファストトパーズの仔、マイネルタンゴは坂上で果敢に勝ちに行きましたが、最後の一ハロンで「外車」三頭に次々にかわされあえなく四着。勝ったシンボリインディーは、ひさびさにシンボリ牧場のあの緑色の勝負服を輝かせました。日本人馬主の服色でアメリカで大活躍したエーピーインディーの仔。マル外と言えどもどこかなじみの持てる馬です。スティンガー以来、今年は素質馬を休養明けぶっつけで重賞に使うという不思議なローテーションにこだわってきた藤沢厩舎の三頭出しも、一応ここで実を結んだことになります。 その一方で、北海道の道営競馬では全国にさきがけてもう三歳競馬が始まっています。ここは地方競馬から中央のクラシックを狙うための認定競走になっていて、賞金も格段に高くなりました。実際、この時期すでにダートの千メートルを一分三秒そこそこで駈ける馬たちも出ています。先日、門別競馬場で見たシルバーダマシイという馬など、牝馬ながら持ったまんまの楽勝で二秒台を出してました。オグリキャップ産駒の葦毛馬できびきびした動きが印象的。同じく足抜きのいい不良馬場とは言え二秒台を出して勝ち上がったミュージックタイム牝馬ユメノカケハシや、アジュディケーティングの仔トップカイザーなどと共に、いずれどこかもっと大きな競馬場の華やかな舞台で出会えそうな馬でした。
こういう小さな競馬場から大きな舞台にかけあがってくる名もない馬たちを見る愉快も、競馬にはあります。そして、いつか海の向こうからやってきた同期の「外車」たちとも堂々と晴れ舞台で対等に戦える日が来ればいい。ニッポン競馬と末長くつきあってやるぜ、という正しいろくでなしを育てるためにも、日本生まれの「国産車」の底上げは必要です。
*1:『ゼッケン』連載原稿、だったはず……
