海の向こう、などいらない

 ああ、相も変わらず「国際化」ですか、そうですか。

 小倉競馬場が、韓国はプサン競馬場と姉妹提携を結んだそうです。これで、JRAの競馬場はどこもどこか海外の競馬場と提携を結んだことになるとか。なるほど、ジャパンカップ創設以来四半世紀以上、すでに時代もひとめぐりしてかけ声としてももう神通力のなくなっているはずの「国際化」は、未だJRAの組織としては、そしてその中に棲む競馬エスタブリッシュメントたちにとっては、現役バリバリな活きた夢、ということのようです。

 ドンカスターだ、バーデンバーデンだ、エプソムだ、アーリントンだ、と言われて、こじゃれたイメージで煽られても、実際にはそれら提携競馬場の冠のついたレースが増える程度のこと、そこらのファンとってはほとんど関係ない話で、かつて競馬バブル華やかなりし頃ならその中には海外競馬にもおたくマインド全開、自腹で追っかけやるような酔狂な輩も出てきましたが、しかし不況が深まる近年、そんな手合いも激減、競馬に関して「世界」などすでに切実な問題ではなくなっています。

 その一方で、本当の意味での「国際化」はそれらと違うところで、少しずつ地道に実績が積み重ねられています。

 たとえば最近でも、荒尾の西村栄喜騎手が、韓国は釜山競馬場で現地の皐月賞にあたるG3重賞を勝っています。なのに、そのニュースなど、例によってほとんど黙殺のありさま。もちろん、少し前から内田利雄騎手や倉兼育康騎手など、身体を張って切り開いてきた韓国競馬や、高岡調教師のシンガポール、マレーシアでの成果も同じこと、スポーツ紙であれ専門誌であれ、JRAシフトで日々暮らすのが稼業と観念しているらしい方面では、わかってはいても大きく取り上げにくいオトナの事情があるようで、水面下では「いやあ、ほんとは取り上げたいんだけど」といった声も聞こえなくはないですが、肝心のJRAでさえ赤字転落の可能性が冗談でなく現実のものになってきた昨今のニッポン競馬をとりまく環境では、そんな地方競馬がらみのことなどヒマネタ扱いすらされず、ったく、こんな状況のどこが「国際化」だよ、とまた毒づきたくもなるというもの。それとも、JRAの若手騎手の武者修行先として、新たに韓国の競馬場に狙いをつけたのでしょうか。それならそれで、その心意気やよし、と拍手喝采ですが、にしても、自腹で韓国その他で腕を磨こうという気持ちのある若手騎手が本当にいるなら、それより先に地方競馬でやってみるのが合理的。いかがでしょう、乗り数の確保もままならないままくすぶっているJRAジョッキーの方々、いっそ半年くらい地方で乗ってみては。「国際化」の美辞麗句に陰で切り捨てられ、固定化されてきたこの国内格差、JRAと地方の間の真の“国際化”も、そんな風穴の開け方を試みる若い客気があって初めて、少しは現実味を持つ話になってくるはずです。

 バネじかけのような末脚で桜花賞に続いてオークスも制覇、牝馬二冠のブエナビスタ凱旋門賞遠征の話も、そういう意味で一考の余地はないでしょうか。いや、もちろんクラブ馬主の持ち馬のこと、「夢」としての海外遠征のチャンスは存分に活かしたい、という気持ちはわかりますが、でも、その他おおぜいのファンの最大公約数の気分としては、あれだけ強いんなら、秋にはあのウォッカとのガチンコ女傑対決を目の前で見てみたいよなあ、といったあたりがホンネのはず。あんな脚を使う牝馬が海外のタフな馬場でどんな結果を出せるのか、といったありがちな懸念や憶測などよりも先に、まず興行としてだけを考えれば、エルコンドルパサーディープインパクト凱旋門賞がらみの教訓を踏まえて、とりあえず今年は敢えて国内だけに絞ってもらう、というお願いも勧進元としてはあっていいんじゃないでしょうか。そう言えば、共に父内国産馬タニノギムレットスペシャルウィークのオヤジ対決、でもあるわけで、こういうなにげない背景もあって初めて、ニッポン競馬伝統のスターホース、自前の people's choice も再び、現実のものになります。

 何度も言ってきていますが、どんなに人気があり愛されているスターホースでも、海外遠征してしまった時点でもうファンの視線からは消えてしまいます。何より、海外の馬券は国内では買えない。たとえ単勝100円でも自腹で買って握りしめて目の前で応援したい、それが他のスポーツとは違う、競馬ファンの心意気じゃないですか。

 JRA主導でずっと進められてきた「国際化」が何よりけしからんのは、そんなニッポン競馬を支え続けてきたファンの気分、ギャンブルだけで言えばどうやっても勝ちようのない控除率25%のお役所競馬を長年楽しんできた世界に冠たるこのお人好しぶりに対して、まるで後足で砂をかけるような無礼無体をやり続けている、そのことです。そりゃあなた、いくらお人好しでもそこまでないがしろにされ続ければ、いつかはそっぽも向きますって。赤字転落の危機感が出てきているのなら、果たして誰が、自分たちの稼業を支えている大事なお得意さんであり続けてきたのか、もう一度虚心坦懐に省みることから始めるべきではないでしょうか。