民主党以前/以降

 民主党政権以前と以後、という分け方が、もしかしたら将来、いまの時代を語る時にされるようになるのかも知れない、そう感じています。

 何がどう変わったのか、日々の視線からはよく見えないまま。なるほど、自民党が永田町を制御していたついこの間までと、目に見える風景は基本的に変わっていない。なのに、漠然と何かがどこかで確かに地すべりを起こし始めているような感覚が、少しずつ身のうちに堆積していっています。

 不安、というのとは少し違う。もちろん、恐怖などといった大層なものでもない。ただ、ああ、そういう風に時代というのは変わってゆくんだよなあ、という感覚。かるいあきらめとそれゆえに求められる最低限の覚悟、とりあえずは日々するべきことを淡々とこなしてゆくしかないのはいつもと同じ、それが日常のルーティンなのだけれども、その営みの向こう側で起こっている事態というのが確かにあるらしい。

 で、それは何というか、ある全体を構成していたジグソーパズルのピースひとつひとつがなぜかそれぞれに形を変えてゆき、全体の絵柄もまた、気がつけば微妙に変わりつつある、そんな感じなのです。

 世の中が変わる、時代がうつろってゆくということは、何かひとつの事件やできごとがあって、それを境に一気に風景が変わるわけではなく、こういう具合に日々の流れとはひとつ離れたところで、軟体動物のようなうねうねとした動きで変態してゆくものらしい。当たり前ですが、かつての維新であれ、敗戦時であれ、日々を生きる感覚というのはおおむねこんなもの、だったのでしょう。

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 先の総選挙以降、ここ数ヶ月起こっている事態とは、敢えてひとくくりに言ってのければ、「戦後」がこういう具合に終わってゆく、ということだと思っています。

 政治的には、かの「55年体制」、外交的には日米安保を基軸にしたパックス・アメリカーナの極東ターミナルとしての立ち位置、経済的にもその立ち位置前提の重点的保護政策に、技術革新と合理化で牽引する生産拡大路線の合わせ技、もっとも実体経済以上に金融領域が肥大してゆく新たな経済のあり方があらわになってきてからはハンドリングがあやしくなったけれども、でも、それまでは十分それらもろもろの一連のセットで「戦後」はめでたくまわっていました。少なくともその他おおぜいの“歴史認識”としてはそんなもの。思えば、「豊かさ」というもの言いは実に、その「戦後」が結果オーライ、いろいろ問題はあるにせよ全体としてはひとまずうまくまわっているらしいことの、誰にとっても最もわかりやすい指標であり、そのわかりやすさの限りにおいて、最も合理的な表現でありました。

 昨今のようにことさらに「格差」が言われ、ひとつ間違えれば最低生活も保証されない境遇に転落するかのようなもの言いで日々の暮らしへの不安をあおるような報道が垂れ流されているのも、受け取る側の感覚としては、そのような指標としての「豊かさ」が成り立たなくなってきている現在に対する敏感な反映という部分があるように思います。

 事実としてどうかとは別に、それまで連続していた「豊かさ」を少しでも揺るがす要素が介在すれば、めでたくまわってきていた「戦後」という枠組みそのものに何か根源的な不安材料が出現したことになる。なんだかんだ言っても大丈夫なニッポン、というどこか民話めいた共通感覚も、ほぐしてみれば、そのような「戦後」を基盤として成り立っていたことになります。年収200万円世帯の増加だの子弟の教育費すら支払えない家庭の話だの、ひとつひとつを静かに吟味すれば実はそれほど大きな問題でもなさげなことでさえ、大げさに騒ぎ立てるようになっているのも、「豊かさ」という指標で表現されていたこの「戦後」の連続性が本質的に成り立たなくなっていることに対する漠然とした不安によるもの、でしょう。

 思えば、自民党よりまし、自民党を否定することが今よりましな明日につながる――そんな“民間信仰”は知らない間に、われわれが自覚しているよりはるかに広く、根深く、われわれの意識に根づいていたようです。

 それを「権力」や「体制」と呼ぶかどうかはともかく、少なくとも昨日まで続いていた現実を根本的に規定していたのは、そんな“自民党に象徴されるような何ものか”であった。そんな認識が無意識も含めた水準でのコモンセンスとして共有されていたらしい。

 日々の暮らしの実態はそれら「戦後」に規定されていたにも関わらず、意識としてはそれら下半身の「戦後」とは乖離したまま、脳内お花畑な左翼ノリ、いやそこまで明確でない漠然とした領域も膨大にはらんでの、まさに気分としての「反権力」「反体制」といったものがあり、それが選挙の局面でとにかく自民党を否定すること自体を目的とする行動を下支えしていたようです。

 そんな傾向を作り出したのはまさに「偏向」マスコミだ、と、メディアが作り出した環境に責を求める向きもあります。気持ちはわかるにせよ、でも、ことはそんなに単純でもない。「官僚」「役人」もまた、そんな「とにかく否定する」べき何ものかの象徴として、自民党と並んで意味づけられるようになっていますが、あの「事業仕分け」への関心の強さと、自民党「再生」への世間一般の突き放したような無関心もまた、同じことの裏表でしょう。

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 ただ、希望もある。たとえば、先の総選挙の意義として、平成生まれが初めて選挙権を持つことになる選挙だったこと、があります。選挙前、求められていくつかの場所で、そう指摘もしました。それはたまたまそういう時期にあたるということだけでなく、実はこれから先ますます明確になってくるある動き、の始まりであるという意味でした。

 自民党政権の「崩壊」とその結果としての民主党への政権交代とは、実はそんな始まりの裏表一体、同じことの別の表現に過ぎないかも知れません。与党と野党、保守とリベラル、いずれ二項対立の図式でしか理解をせず、それをオセロのようにひっくり返す「政権交代」こそが正義、という一部にしつこく宿る考え方にしても、その前提になる環境、「世論」の成り立つ条件の変化を考慮に入れないままなら、単にゲームのような、スイッチを切り換えて一気に何か新しい日々が始まるような、そんな最も横着で危険な願望を煽るばかりの結果をもたらします。一方で、それらを「衆愚」と言い「ポピュリズム」と呼び、時に「ファシズム」とまで言いつのるいらだちの本質もまた、それらと連続しています。

 デジタル・ネイティヴという言い方もちらほら出始めています。インターネットに代表される新たな情報環境を自明のものとして、その中で自意識を育み、主体化してきた世代。活字の読み書きを良くも悪くも価値観なども含めた中心に据える枠組みという意味で、何もグーテンベルグ以来と大風呂敷広げずとも、少なくともこの国の近代以降、変貌をとげながらもその連続性においてはしぶとく維持されてきたあるパラダイムが、しかし、どうやらこれまでとは違う様相を呈する状況に突入している、そんな認識が前提にあります。

 もちろんそれは国境を越えたグローバルな動きではある。しかし、と同時に、個々の社会、地域に即した事情によって、さまざまな表現を獲得するものでもあるらしい。その双方をバランスよく見通すことのできる冷静で穏当な認識が宿り得る情報環境が、ならばさて、今のこのニッポンのどこにあり得るのか。「保守」を自称するメディアがいま、果たすべき役割があるとしたら、そんな環境を率先して作り出してゆくところにひとつ、あるのだと思っています。