「開拓」前後

乗ってきたのは木の船だった。

荒削りな樫の板でつくられていた。

塗装も何もしてなかった。

小さくはなかったが、大きくもなかった。

エンジンはついていたが、いつもぜんそく持ちみたいにあえいでいた。

燃料がなくなった時のために、帆柱がついていた。

船員たちはみな不機嫌そうで、むっつり押し黙っていた。



隅の方に部屋があって、そこにみんな入っていた。

女や子ども用に小さな場所ができていて、木の寝床もついていた。

みんなまるくなってひとかたまりになっていた。



北の海はしけばかりだった。

すりばちみたいな波が立ち、船は大揺れになった。

みんな船酔いで、部屋じゃ誰もかれもみんな吐いていた。

おふくろが持ち込んだ塩漬けの鯖を出してきて、

船酔いになると切り刻んで食べさせてくれた。



陸が見えた。やっと揺れないところに横になれる、そう思った。

近づいて眼にしたその陸地は、どこまでも何もない、渺々とした荒れ地だった。

船からあがって、一歩踏み出したら、くるぶしの上まで泥に埋まった。

風に飛ばされ、潮に流され、波にさらわれてきた木の根や、生き物の死骸や、

名前も知らない海藻や、そんなものがそこら中に点々と散らばっているだけだった。



ここで生きるのか、と思った。

こんな土地で、これから先、ずっと生き延びてゆくのか、と。



そして、そのように生きることになった。



教会での話だ。

いつものように、みんなで昔なつかしい賛美歌を歌い出したら

年寄りたちがみんな笑い声をたて始めた。

しわくちゃの顔をさらにくちゃくちゃにして、涙さえ流しながら。

肩を叩き合い、ゆすりあい、そのうち互いにいろいろかけあいみたいなことも始めた。

おれたち子どもは何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

ひとり、元気のいい子がいて、何がそんなにおかしいのって尋ねた。

すると、ばあさまのひとりがこう言った。

笑ってなんかいない、おまえたち若いのにはわかりっこないことさ、と。

ほんとうは、自分たちがここで生きのびたってことを笑いあってたんだ。



いま、ここにこうしてすわっている、生きている、しかも自由になって、ってな。

ここには自分たちの子どももいる、家もある。

うちの娘は学校の先生をしてるんだ、いや、うちの息子は定期バスの運転手だ、

この場所で、このどうしようもなく荒れすさんだ、

渺々とした風ばかりが吹き抜けてゆくこの土地で、いままで生きて、息をしてきたんだ。

そして、次の代にいのちをつないでやることもできたんだ。



こういう年寄りたちのことで忘れられないのは、あの威厳にみちた、誇り高い歩き方だ。

みんな、まるでまっすぐな棒みたいな歩き方をしていた。

おれたちにまでそうしろ、ってよく言ってた。

まっすぐにしろ、背筋をのばせ、ピンとしろ、っていつも言ってた。

これはつらかった。背中が板みたいにカチカチになるのがいつものことだった。

年寄りたちはそのまわりを歩き回ってこう尋ねてゆく。

おいぼうず、オトナになったらいっぱしのニンゲンになるつもりはあるかな?

そう言っておきながら、

わしはそれを見届けられるほど長生きはできそうにない、っていつもつけ加えるんだ。



夢? むかし棲んでいた家があった地面に、おそろしい穴があいたよ。

そこに水がたまりっぱなしだよ。

儲けや、利益や、蓄えは、全部きれいにそこに吸い上げられちまった。

もういいところなんて何も残ってない。

かたや、中にはきれいな家に住んで、きれいな色で飾り付けている奴もいる。

仕事がある奴にはさらに仕事の口がまわってくる。

なのに、ここで生きてきたおれたちは生活保護や福祉に頼るしかない。



未来は、今でもまだすばらしいのかも知れない。

でなきゃ、出会い頭の交通事故のように、ある日突然終わりが来るのかも知れない。

どちらにしても、今みたいなことを続けていたら、地獄へまっすぐ進むことになる。

この土地で、この地上でみんなきれいに吹き飛んじまうことになる。

さもなければ、そうだな、逃げられない毒で絶滅することになる。



それもこれも、みんな人間次第だよ。

そうだ、人間ほどこわいものはない。

何がこわいってあんた、いちばんこわいのは、人間なんだよ。



土地のもんはよく散歩に出かけたな。

停車場や船着き場へ出かけては、誰が出ていったかを眼で確かめるんだ。

あるいは、ただ単に汽車や船がやってくるのを見に行った。

汽車や船こそ、移動の象徴だった。

人がどこかへ行く、人が出て行く、よその土地、知らない場所へ向かって行く。

おれたちは、ここから出てどこか行くところがあるんだといつも思い込んでた。

どこだかわからない。でもそのどこかへ、いつか自分も行けるんだって思いがあった。



思い出す光景がある。

とうきび畑で働いている時、よく原生林をうろついたもんだ。

汽車がくると、みんないっせいに身体を起こすのが見える。

鋤とか三つ叉のフォークとか持ったまま、ちょうど偉い人を歓迎するみたいに、

汽車大将閣下のお通りってわけだ。

みんなあこがれの表情だった。

てぬぐいで頬かぶりをしたオヤジ、もんぺをはいたばっちゃ、年寄りも若い衆も、

誰もかれもが仕事を中断して、汽車に手を振るんだ、見たこともない人たちに。

いや、見たこともない夢ってやつに、手を振ってたんだ。