掏摸・巾着切りの近代――本田一郎『仕立屋銀次』(中公文庫)

「明治時代」とひとくくりに言います。文明開化の、陸蒸気の、鹿鳴館の「明治」。富国強兵の、自由民権運動の、征韓論の「明治」。けれども、その同じ「明治」という時代の中に、いつの時代もそうであるようにゆっくりと経過していったふだんの暮らしに即した時間のありようについて、案外われわれは知らなかったりします。

たとえば、こういう記述はどうでしょう。

「江戸が東京に更生して、慶応から明治へ――掏摸の集団的活動はその頃から、ぼつぼつ台頭し出した。

明治十年前後までは、御維新の戦争騒ぎで世間は物騒千万、到るところに肉腥い風が吹いて、一帯に殺伐の気が漲っていた。当時は大阪が掏摸の根拠地となり、千日前を中心にして、多数の有名無名の掏摸師が出没し、行人を悩ましていたものだ。

東京はまだ、掏摸の存在はごく微々たるもので掏摸手腕からいっても、大阪の掏摸師には遠くおよばず下手なものだった。」

明治はその十年代まではまだ「明治」ではない、江戸に関する限りでさえも日常生活の水準ではまだ立派に「江戸時代」だった――これは、何も歴史学者でなくても、少しまともな読書人、知識人ならば明確に持っている認識です。江戸は戦乱で荒廃し、何よりも「武士」がきれいさっぱり失業していなくなった。人口は減るし、武家屋敷は荒れるがまま放置される。純然たる都市の消費者である彼ら武士を相手に商売していた人間の暮らしも大きく変わる。そんな中、それまでの掏摸と違う新世代の掏摸という新しい商売が、西の方から荒廃した江戸にやってきてみるみる勢力を伸ばしていったようなのです。

「明治二十年頃だったろう。巾着屋の親分が忽然として、帝都に現れ、東京市中の掏摸を、その傘下に糾合し統一してしまった。これが、東京に掏摸団の生れた最初のものだ。もっとも、御維新前にも、神田今川橋の伊勢、塩物屋の金、浜の秀奴、浜の藤吉なんていう連中が、とぐろをまいていたが、前にもいう通り掏摸の腕がなく、勢力も微々たるものだった。

そこへ巾着屋が現れて、掏摸と名のつく程のものはみんな俺ンところへ来いと、胸をぽんと叩いて見せたもんだから、市中のひよっこ掏摸が「親分、親分」と盃を貰いに集まって来て、忽ち、東京一の大親分となった。」

すでに江戸のそばには横浜という開港場があります。幕末からこの時期にかけての横浜が、当時の人間たちにとってどれだけとんでもない輝きと共に認識されていたのか。敢えて乱暴なことを言えば、今の中国の人たちにとっての香港みたいなもの、いや、間違いなくそれ以上のものだったはずです。江戸という消費地を中心に編成されていた近世的な市場経済のバランスが大きく崩れてゆく。当時の外国人たちの書き残したものの中には、日本にはどうしてこんなに掏摸が多いのだろう、といった記述が見られます。この「日本」とは居留地のある「横浜」のはず。だとしたら、この巾着屋もいきなり江戸に来たとは考えにくい。きっと横浜を足場に江戸にやってきたと考えるのが自然です。

巾着屋は本名小西豊吉。弘化二年の生まれで酒屋の息子だったそうです。「一体、昔の掏摸は乞食のような恰好で、首から汚らしい袋をぶら下げ、茶碗や握り飯を入れてうろつくものや、垢じみた木綿の筒袖に三尺帯を尻の上で結び、どう見ても、風来坊としか見えぬ服装」だったのを、彼は「掏摸師はあんなうす汚い身装をしていちゃ、いい稼ぎは出来ねえ、紳士の傍でもなんでも、平気で寄りつき、仕事をするようにならなくちゃ真物でねえ、とばかり、掏摸の服装の大改革をおり、商人、番頭、職人、紳士、官吏と何にでも巧に変装して乾分に稼がせた」というから、まさに「四民平等」の明治精神を地でいった改革者だったと言えるでしょう。こういう稼業の世界にも「時代」は確実に訪れます。

さらにこの巾着屋と別にもうひとり、清水の熊という親分が出現し、「両親分は画然と系統を異にし、剣術でいえば真影流と一刀流のように、巾着屋流と熊流は乾分の気風、掏摸術等にも全く違った手口を見せた」というのが、この明治二十年代の東京の掏摸界だったそうです。その後、当局の取り締まりなども含めた紆余曲折を経ながら、日清戦争後は、仕立屋、湯島、鼈甲勝、三親分全盛で、それ以外の小親分の存在を許さず、日々、数百名の掏摸の群が、商人、紳士、職人と得意得意に変装し、市内はもちろん、全国各地の列車内に出没し、手当たり次第に荒し廻ったもので、この全盛時代は、明治四十年、上野に開かれた東京博覧会自分まで続いた」とのこと。

本田一郎『仕立屋銀次』(中公文庫)の一節です。著者は『東京日日新聞』の記者。今の『毎日新聞』にあたります。昭和の初め、かつて有名だった掏摸の親分、仕立屋銀次が出獄してくるというので昔の掏摸の話を聞きに通って書いたもの。真打である銀次の登場はまだこの後なのですが、それ以前のこのようなささやかな“掏摸業界”の変遷の記録の断片までもが、今となっては「時代」を〈いま・ここ〉に再現してゆくための豊かな触媒になってくれます。単にもの珍しい記録というだけの読み方では申し訳ない一冊です。

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