追悼・赤松啓介

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 赤松さんの訃報を耳にして、段ボールに入れてしまってあったまだ元気だった頃の赤松さんから送られたり手渡されたりした手紙やメモ、原稿ともノートともつかない書きつけ……などなど、いずれ手書きの宝物の数々を改めて取り出して眺めている。

『俄』拝見、びっくり仰天しました。俺はどないなったんやろ、というわけです。まあ初期の民俗学家(者ではない)はたしかにゴロツキでした。私は主に「家」から「者」になりかけであったからおとなしかったが、「家」の連中、「土俗家」というのはゴロツキだけでなく、助平で、金持ちにタカリ、オンナに食わせてもらうのを本領と心得ていた。私もあんまりえらそうにいえず、今でも女房に食わせてもらっている。とても「民俗学」者のハンチューに入らず、ゴロツキ民俗「家」です。確かにええこというてはる。

 今から10年ばかり前、こんなどえらい知性がまだ民俗学にいたのか、という素朴な驚きと共に、仲間うちに配布していたニューズレターなどで熱にうかされたように「赤松主義」をあおってまわり、「ゴロツキ」としての民俗学者、というおよそ研究主体の自己認識についての革命的転回を例によっての若気の至りでぶちあげたのに対して、当の赤松さんからもらった激励の手紙の書き出しがこれだ。

 うれしかった。昭和初年、その翼をゆっくりと広げ始めた頃の民俗学の魅力にとりつかれた地方のろくでなしな知性たち。その気分が数十年の時空を超えて〈いま・ここ〉に舞い降りた。「伝承」なんてもの言いはよほどのことがないと使わない不信心者のあたしだが、この時ばかりはそんな「伝承」の一端に連なることができたかも知れない、というささやかな自覚にほんとに身震いした。

 当時の「再発見」このかた何冊も本は出ているし、最近またおよそ同情のない形ながら著作集も出始めている。ご本人が亡くなったこれからは、そういうテキストから「赤松啓介」を読むしかないのだろう。*3

 でも、言わせてもらう。赤松啓介という知性の真の凄みってやつは、そんな活字のテキストといくらお勉強気分ににらめっこしたって金輪際わかりゃしねえ。あの生身、あのとんでもない語りをあのテンポ、あの熱気で繰り出してそこにいる者みな不思議な「場」に巻き込んでその気にさせてゆく、あの生きた赤松啓介の身体と対峙して徹底的に思い知らされ、打ちのめされた体験と突き合わせてみて初めて、書物という乾きもののテキストの向こう側にあったはずの「赤松さんが一番伝えたかったもの」もまた、手ざわり確かに〈いま・ここ〉に立ち上がるというものだ。

 どういう人だったのか、って? ひとことで言えば「在野」で「学問すること」の孤独と栄光とを共に身をもって教えてくれた人だ。民俗学と考古学、さらには郷土史といった領域をあくまでも徒手空拳、おのれの「趣味」の間尺で生き切った。出会った時にはすでに80歳近く。あたしら悪童連は主に民俗学の玄関から接していたけれども、それ以外の領域からの赤松像というのもこれからもっと発掘、再評価されるべきだと思う。幻の大労作『神戸財界開拓者伝』なんて、今みたいな状況だからこそきっちり復刻するべきだ。
king-biscuit.hatenablog.com *4

 ボクは、いつも非常民、ほんとの、本物のオバハン、オネエチャン方に、お前はあかん、20歳、50センのわいら、よう買わんやろ、なんで買わんのや、それでもお前、仲間になったと思うとるのかと叱られた。なんぼ叱られても、後がこわくて乗れん。要するに、ワイはよそもんや、いつでも逃げる気でいるし、逃げる道もつけてあ。まあ、俺の限界もようわかったる。ほんなら、なんでこんな生活しとるのか。そのときは、ほんまにしようがなかったのだが、ほんまにしようがなくて流れ込んできた人たちとは、思想、精神で一線があった。

 書きたいことは山ほどある。けれども、月並みな追悼など赤松さんも望まないだろう。地元紙に追悼のコメントを求められて「役立たずの昨今の民俗学者の命100人分ばかりと引き換えにしたいくらいです」とやったらきれいに削除されたけれども、でも、その掲載されなかった部分にこそ「おお、やっとるなあ」と肩叩いて喜んでくれたに違いない。

 震災後、身体を壊して娘さんのところに身を寄せてからは読み書きはもうできなくなっていたけれども、一度だけ訪ねた時の別れ際、不自由な口で「オオツキさん、テレパシー飛ばしてくれんと、ここでは話でけんわあ」と耳もとでささやいた響きが忘れられない。原稿や著作はもちろん、神戸の自宅にあった戦前の雑誌やビラ、パンフレットの類も含めてちゃんと公開すること。それが残された者たちの責任ってもんだ。

 さて、改めて言おう――大丈夫、あとはまかせてください。

*1:週刊読書人』掲載原稿。

*2: 大学に拉致されていた古証文から発掘したものの手打ち再掲。『猥談』のための上野千鶴子との長尺対談のテープもめでたく発掘できたので、さて、そのうち勝手にアップしたろかな……と( ^ω^)………240224

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