思想

フェミニズム、ってのがありまして……

かつて、フェミニズム、ってのがありました。 ました、って過去形にしてるのは、もう実態としては「イズム」なんて代物じゃとうになくなっちまってるってことを前提にしてるんですが。 ニッポンのフェミニズムってのは、基本的に「オヤジ」とセットで考える…

『フォーカス』の終焉

『フォーカス』が斃れた。 写真週刊誌の代名詞のようにまで言われ、「フォーカスされる」といったもの言いまで芸能界周辺を中心に一般に使われるようになった、言うまでもない新潮社の名物雑誌。それがとうとう「休刊」を宣言して撤退を決めた。創刊以来まる…

書評・中沢新一『フィロソフィア・ヤポニカ』草稿

フィロソフィア・ヤポニカ 作者: 中沢新一 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2001/03 メディア: 単行本 購入: 1人 クリック: 6回 この商品を含むブログ (18件) を見る *1 一連のオウム事件A級思想戦犯中沢新一、堂々の非転向宣言、であります。ほれ、この通…

書評・中村とうよう『雑音だらけのラヴソング』(ミュージック・マガジン社)

雑音だらけのラヴソング (とうようズコレクション)作者:中村 とうようミュージックマガジンAmazon 音楽を語る、論ずる、という作法が衰退して久しい。 音楽だけじゃない。映画やマンガ、いやいや、見たり聞いたり読んだりしたら何か能書きを言いたくなる表現…

「無用の長物」の消息について

〈敗戦後という状況の中で輝いた「民俗学」〉 柳田国男が構想した大衆社会の内側からの「歴史」の回復運動について、ご紹介がてらに語ってきました。 一九二〇年代から三〇年代にかけての大衆社会化が進展してゆく時期に運動として立ち上がったそれは、当初…

続く「盗用」問題の背景

立て続く「盗用」問題に出版界が揺れている。それも学術や思想関係といったいわゆる“マジメな本”の領域でだ。講談社のメチエ選書の一冊にかなりひどい「盗用」が発覚し、すったもんだのあげく回収騒ぎになったのが今年の始め。また、吉川弘文館の出した入門…

オウム・陰謀論と「リベラル」

*1● いよいよもって大変な局面になってきましたね。○ オウム真理教の一件かい。● そうですよ。確かに状況証拠からはサリンを作ったってことだけは疑われても仕方ないし、これまで拉致監禁なんか繰り返してきてることもまずいですよ。でも、それはそれとして…

民主的「制限選挙」のススメ

*1● 今から六年前、アントニオ猪木が初めて出馬した八九年の参院選の時に、戦後選挙史上例を見ない大量の無効票が出た、という話がまことしやかに語られたことがあります。 この、事実かどうか普通の人には容易に確認できないという意味ではまごうかたなく噂…

本多勝一事件顛末詳細

仕事としてのスジは通した。あとはケンカだ。 毎日新聞の水曜日の夕刊に連載している「大月隆寛の無茶修行」でのインタヴュー原稿をめぐって本多勝一氏との間で起こったいざこざについて、“こちら側”から見た経緯をまず述べる。他人のケンカのいきさつをくど…

ホンカツとケンカしました

世の中いろんな人がいる。 あたりまえのことではある。あるが、しかし本当にその「いろんな」の内実をあからさまに眼の前にすることというのは、日々の流れの中ではそうそうなかったりもする。 でもさ、本当にいろんな人って、いるよ。どうしてまぁこんな風…

「教育」はいかに語られてきたか

*1 編集部のOさんからドカッと眼の前に積み上げられた、いずれ「教育」や「学校」にまつわる本はここ十年の間に出された都合一〇冊。具体的には以下のようなものだった。とりあえず初版刊行年代順に並べてみる。 林竹二『教育亡国』(筑摩書房 一九八三年)…

「歴史」をほどく耳――解説・平岡正明『耳の快楽』

*1 平岡正明オン・エア 耳の快楽作者:平岡 正明メディア: 単行本 初対面は品川駅の構内、京急デパートの一角にある喫茶店だった。慶応の学園祭でのDJ形式の講演会の評を、仲間うちに向けた小さなニューズレターに書いた。それをどこからか手に入れた『サン…

とうに涅槃を過ぎて――鶴見俊輔をめぐる“気分”の共同性について

● ものを書きそれをカネに替えるという営みに手を染め始めた頃のことだ。今すぐにとは言わないしその準備もない、だが、いつかきっと鶴見俊輔の仕事についてその功罪を含めて正面から論じてみたい、と言ったら、ある年上の編集者から「悪いこと言わないから…

趣味は社会主義――『朝日ジャーナル』という「趣味」の雑誌

*1 今も『朝日ジャーナル』を読んでいる人たち、というのがいる。 いや、天下の朝日新聞の、それも売りものとして世間に流通している雑誌なのだから落ちぶれたりとは言え何万人かの読者はいるのはあたりまえ(かな?)なわけだし、第一そういう人たちがいら…

拝啓、井上緑様――東大「中沢新一騒動」と、ある女子中学生のこと

剥がされた仮面―東大駒場騒動記作者:西部 邁文藝春秋Amazon *1 *2拝啓、井上緑様。 あなたは今、どこで、どのように、この一九九二年の春を迎えているのでしょうか。 今からちょうど四年前、一九八八年四月一三日付『朝日新聞』の投書欄に、「栃木県在住」の…

『朝まで生テレビ』参戦顛末

*1 *2 たたずまいが雄弁に表現するなにものか、というのがある。とりわけ、それが生身の生きものだったりすればなおさらだ。 忙しげにゆきかう男たちや、ある種の緊張を漂わせながらセットの裏でくつろぐ女性キヤスター、さらに、肉食動物のように電話に飛び…

それは「八百長」ではない ――本間茂騎手「八百長」事件報道に見る「大衆競馬」の正体

● この六月二一日の朝、川崎競馬の本間茂騎手が競馬法違反の容疑で逮捕された、というニュースが朝刊の紙面に踊った。スポーツ紙はもちろんのこと、朝日、読売、毎日の日刊紙もこぞって社会面で報道した。 本間茂騎手と言えば、南関東の公営競馬でも文句なし…

「まるごと」の可能性――赤松啓介と民俗学の現在

*1 *2 ―― 形而上学者にとっては、事物とその思想上の模写である概念とは、個々ばらばらな、ひとつずつ他のものと無関係に考察されるべき、固定した、硬直した、一度あたえられたらそれっきり変わらない研究対象である。形而上学者はものごとをもっぱら媒介の…

「場」の可能性について・ノート――「調査」と記述の間に横たわる病いを超えるために

*1 *2 *3 「場」とは何か。 それは、ここからここまで、というように常に均質な距離や範囲として計測器具で測定可能な具体的な領域のことではない。 また、それぞれ独立した単体の物質として分節された「もの」たちが凝集して形づくられている可視的なまとま…