芸能

うっかりと“うた”や“はなし”に同調してしまう身体――解説・朝倉喬司『凝視録』

● 手もとに一枚のLPレコードがある。 タイトルは『東京殴り込みライヴ/河内音頭三音会オールスターズ』。まるで屋台のエスニック料理のような河村要介の“濃い”イラストの描かれたジャケットの表に、マジックで走り書きされたサインに曰く――「ドツボ家家元…

忘れられた「タフ (tough)」――浪曲と日本の近代

*1● 浪曲は忘れられた芸能です。 今日、日本人のほとんどは浪曲のことを知りません。若い世代はもちろん、大人でさえも浪曲のことを忘れています。浪曲のことを話して、あるなつかしさと共に応えてくれるのは、70代から上の老人たちばかりです。かつてはど…

書評・板橋雅弘『裏本時代』(幻冬舎)

「上質の小説や映画のような体験がどんな人間にも生きているうちに一度や二度はふりかかるものだ。/僕にとって一九八二年から八三年にかけてのあの個人的体験はまさにその一度や二度の貴重なものだった。/そして金ピカの八〇年代を予感させるあの時期を描…

江角マキコ、の内実

www.youtube.com 江角マキコってのは、えーと、ほれ、何のコマーシャルだったか全く覚えてないけれども、パッと気っ風良く脱いだシャツの下、裸の背中の筋肉のものすごい、あの女優さんでしょ? あれって見えそうで見えない胸に注目するのが世間並みの男なの…

猿岩石の正義

なんてったって猿岩石問題である。ユーラシア大陸横断ヒッチハイクと言うけれど、タイとミャンマーの間を飛行機に乗っていた、これは「やらせ」だ、と新聞がやった。 「で、それがどうしたの?」というのが大方の反応だろう。少なくとも、猿岩石のあの悪戦苦…

安室奈美恵というフォークロア

● 安室奈美恵のニューアルバム『SWEET19BLUES』のセールスは、五〇〇万枚を突破しそうな勢いという。五〇〇万枚。見当すらつかないが、ひとまず豪気な話だ。 だが、商品音楽の市場がこういうとんでもない広がりを獲得し始めたのは何も今始まった…

美当一調、「軍談語り」の栄光

● 勤め先の博物館で、浪曲についての展示をやることになった。浪曲、つまりは浪花節だ。今やほとんど忘れられてしまったけれども、明治の後半から大正、昭和にかけて、戦後も高度経済成長期あたりまでは圧倒的な人気を誇った国民的芸能。今の五十代から上の…

CD評・広沢虎造『広沢虎造浪曲全集――清水次郎長伝』(コロンビア COCF-13516〜23)

石松三十石船道中 本座村為五郎 荒神山の血煙り(一)(二) 荒神山の血煙り(三)(四) 大瀬の半五郎(一)(二) 大瀬の半五郎(三)(四) 大瀬の半五郎(五)(六) 大瀬の半五郎(七) 清水の三下奴(一) 清水の三下奴(二)(三)名人芸! 清水次郎長全集(二…

斎藤龍鳳

*1 「ルポルタージュ」とか「ノンフィクション」とか呼ばれる表現領域の、その文体がどのように構成されてきたのか、ということについて考える時、僕はことさらに斉藤龍鳳の仕事を引用することがある。今どきの大学生はもちろんのこと、同年代のもの書き稼業…

長谷川 伸

*1 ある時期までこの国に生きる人々にとっての一般教養となっていったような“おはなし”の束を、芝居や読みものという器にふんだんに盛って差し出した、それが長谷川伸だ。だが、駒形茂兵衛や、番場忠太郎や、沓掛時次郎といった名前を耳にして、その物語がよ…

秋田 實

*1 ラジオの出現が二人の人間による対話という現在の漫才の形式を定着させた、というのが、これまで民衆文化を語る時のひとつの定説になっている。そして、その対話という形式を、にわかや軽口の要素に音頭の形式が混入した雑芸の百貨店のようだった「万歳」…

芸者と花柳界にとっての「戦後」

戦後五十年、というかけ声があちこちで聞かれる。 この五十年という時間に今さら何か意味があるとすれば、ただひとつ、それが生きた人間の記憶の巡り合せとしてほぼひと区切りである、ということだろう。二十歳の人が七十歳に、三十歳は八十歳に、ということ…

正岡容。早熟の騏驪児の晩年。寄席と芸人の世間に行き暮れる。

あだ名は「ライオン」。といっても、別にアル・パチーノじゃない。*1 いや、あの『スケアクロウ』のアル・パチーノも、むくつけきメリケン男の地金に塀の中でしんにゅうがかかったジーン・ハックマンを相棒にした珍道中。ライオネルなんて女みてえな名前だ、…

芸者と女優の間

前回、大正初めの大阪で、旦那への自分の気持ちの証しとして小指を切って送りつけた若い芸者、照葉のことを書いた。 文字にしておくということは実にありがたい。この照葉が本名の高岡辰子の名前で書いた『照葉始末書』(昭和四年)という本が残っている。 …

たけし、を葬る論理

ビートたけしの「事故」をめぐる報道のさまは、彼がどのようにマスメディアの中でその影響力を行使しているかが如実にわかるものでした。それは彼自身が意図したものであるかどうかはわかりませんが、少なくともビートたけしという存在をめぐるマスメディア…

平山蘆江。着流しで眺めていた世間

ふたりの男が何やらあやしげな物腰で道端にたたずんでいる。 ひとりは中国の人民帽のような帽子をかぶって背中丸めて身構え、もうひとりはこれまたチューリップハットのようなものを頭に乗せて鉄縁眼鏡でしゃがみこむ。ふたりの間には肩からかつぐうどん屋の…

園井恵子、三十三年の夢。ただし、その他おおぜいの。

*1 大正の始め、夏空の広がる八月六日の昼下がり、岩手県はなだらかに広がる岩手山のふもと、松尾村というところにひとりの女の子が生まれた。名前は袴田トミ。父清吉はもともと養蚕をやっていたが、彼女が生まれた時の稼業は和菓子屋。母カメは時の村長の長…

「公衆便所」の栄光――岡本夏生と飯島 愛

監督は岡本喜八。脚本は森崎東。タイトルはズバリ、『夏生の従軍慰安婦』。こんな映画、撮れないもんかね。いい反戦映画になると思うんだけど。 こういう馬鹿話に破顔一笑、いいねぇ、と笑ってくれる人間というのは信頼できる。ただし、何に対するどういう信…

角川映画について

*1 別に映画とか映像といった分野に携わる人だけじゃなくて、活字であれ何であれ、これから先、本気で何か表現したりいいもの創ったりしようとする人間ならば、この国の七〇年代からこっち、二〇年ばかりの間で角川映画の達成したことと達成できなかったこと…

どこかの誰かと“デキる”力を宿せる場

*1 民俗学者という看板を出して世渡りしている以上、これはもう避けられないこととあきらめているが、こいつは絶対にこの「祭り」というやつに何かひとくさり能書きを言えるはずだ、という世間の視線に遭遇することが多い。これが実に困る。 専門的には「民…

「歴史」をほどく耳――解説・平岡正明『耳の快楽』

*1 平岡正明オン・エア 耳の快楽作者:平岡 正明メディア: 単行本 初対面は品川駅の構内、京急デパートの一角にある喫茶店だった。慶応の学園祭でのDJ形式の講演会の評を、仲間うちに向けた小さなニューズレターに書いた。それをどこからか手に入れた『サン…

安田里美=人間ポンプ 聞書

● 関東平野の広さというのは、実は東京に住んでいる者にとってもあまりよく実感できないものだったりする。 山が見えない。川も伏流している。目標となるような建物も少ない。だから方向感覚が狂う。どっちへ行ってもただ広いだけ。同じような道が同じように…

オグリキャップ、笠松へ

*1● カリッと乾いた冬の空気、まぶしいような陽の光。左手、一コーナーのはるか向こう、装鞍所から馬場へと出てくる通路に、ぽつんと白い馬が現われる。くすんだ勝負服のノリヤクを背に、まるで散歩のような気軽さで、それはゆったりとこちらへ向かって歩い…

みんな「ユーミン」になってしまった

*1 ―― わたしと同じフィーリングっていうか、“乗り”を持っている人が多いっていうのは、うれしい。わたしと同じような環境に育った女性に共通の感性というものがあるんでしょうね。たとえば、私立の女子高から私立大学に進んだというような……わたしはそれを“…

ランボーのいない資本主義

))*1 ● 白状する。映画はまともに見ていない。 せいぜいテレビで放映されるフィルムか、ごくまれにレンタルショップのビデオ程度。もちろん、人並みに映画館をのぞくことくらいあるにはあるが、それもまぁ何かのはずみでというくらいのこと。情報誌をめくり…