大学

「脱藩浪人」の弁

仕事を辞めた。 国立大学、およびそれに準じる職場に八年間勤めたことになる。退職金は給料の約八ヵ月分。公務員はとにかく年金がつくまでいないと損だよ、とはまわりから耳タコに言われてきたけれども、なるほど改めてそう思った。とは言え、そんなもの目当…

大学教師という「既得権」

まだ院生の頃、初めて学会に行った時、懇親会で東大の院生たちがいるところへ連れてゆかれた。どういう経緯でだったか、学会の年会費を払わない人間が多い、という話になった時、同席していたひとりが「そんなもの、文部省に言いつければいいじゃないですか…

言い寄られるセンセイ、の無防備

そもそも、どうして「センセイ」は自分の近くへ寄ってくる生徒、あるいは学生に対して常に無防備なのだろう。そしてその無防備なるがゆえに、嫌われたり疎まれたり不愉快に思われたりすることに憶病なのだろう。 僕自身には経験がないから、間違っていたら教…

予備校と学校の間

ともあれ予備校とは、同じ「学校」でもそのようにちょっとズレた空間ではあった。 「センセイ」の側には、いわゆる「学校」とは違う輝かしさを勝手に当て込んだ無防備が、そして生徒の側にも、その通常の「学校」との距離感によって保証される何か奇妙な「学…

「センセイ」という幻想

幻想があくまでも関係性の中で立ち上がるものである以上、「センセイ」幻想も単なる一方の勘違いというだけのものでもない。生徒の側がそのような幻想を作動させてゆく事情というのも、ことの半分として充分に存在する。 これまで述べてきたような予備校の場…

予備校のセンセイというヒーロー

予備校の教員室にたまっていた「センセイ」たちの自意識のありようは、関係性の動物である我ら人間の常のこと、彼ら彼女ら自身の内側だけで決まってきているものでもなかった。彼ら彼女らを「センセイ」と呼ぶ側、たとえば最も身近なところでは生徒の側から…

予備校の教員室から

予備校の教員室には専任の教員だけでなく、非常勤の教員として「食えない」大学院生がたまっていた。博士課程の単位だけは取ってしまって職がないので籍だけ残している、俗にOD(オーバードクター)と呼ばれる連中がほとんどだったが、日常の教務の大部分…

京都学派の頽廃

有為転変が常態のこの売文業界に、一見細々と、しかし時代の趨勢とは別に必ず一定の政治力を行使し続ける「京都学派」という一派がある。もちろん、歴史的に見ればまた別の意味を持つのだが、しかし昨今ではそのような重々しい思想上の立場を共有したある徒…

「良心的」出版社という幻想

大学の教員、ないしはそれに準ずるような「学者」「知識人」方面を、著者としても読者としても、主な相手にして成り立っている出版社がある。 文部省科研費の出版助成などをアテにした事実上買い取りに等しいような企画で糊口をしのぐ会社もあれば、目立たぬ…

 社会のことを考えるな

ごくたまにだけれども、学生主催の講演会で話をしてくれと言われる。 とは言え、人を呼んで話を聞くという作法自体がすたれてきているご時世。主催者側には何の目算もない場合が多く、そうするものだ、という程度のこと。ひどい時には「いまどきの大学生にひ…

いま、敢えて「学生」である意味とは?

*1 ● 「今何やってるの?」 「学生やってます」 たとえば、親戚のオジさんとかに聞かれたらそう答えるでしょ。でも、その「学生」の内実ってただ学生証を持ってるってことだけで、考えてみりゃみんな案外他人ごとなんだよね。雑誌や新聞、テレビなんかのメデ…

若き民俗学徒からの手紙

*1 大学生になってからの3年間、自分の中で、眼前の「民俗学」に対する何らかの不信の思いは、どうにも払拭される気配がないままでした。 その間、例の「市町村史編纂」の長さにもだいぶ身を染めまして、一応は「聞き書き」に励みながら、地元側から「こっち…

事務という他者の「知恵」

● 別に大学に限ったことではないが、学校を運営してゆくさまざまな仕事の中で、教師と事務との関係というは常に微妙な緊張をはらんでいる。 他でもない僕自身が教師の立場にあるから、ここらへんあまり棚に上がったもの言いもできないのだが、それでもその緊…

喫茶店の小僧寿司

*1 とある昼下がり、ぽっかり空き時間があ゛きたので例によって古本屋をひやかし、一服しに入った神保町の喫茶店での光景。 大きめのテーブルの一方にふたりづれがいる。男の方は特徴のない銀縁メガネ。卵形の顔に腰のなさそうなヘナヘナの髪を右に流してい…