文学

稼業としての書評、本読むことのいまどき

古本屋に入ると、その値崩れ具合に愕然とすることが最近、よくあります。 給料をとっていた頃は、それこそ稼ぎの大半を古本に突っ込んでいたこともあって、やくたいもない雑本ならば佃煮にできるほど抱え込んでいますが、そうやって培ったはずのなけなしの相…

マンガ評・藤原カムイ・矢作俊彦『気分はもう戦争 2.1』

世は「劣化コピー」の時代、であります。リスペクトだのサンプリングだのと能書き垂れつつ、ありもの資源をコピペするばかりで自前でものをこさえる根性がなくなり、枯渇してゆく想像力と創造力。マンガとて例外じゃない。 そんな状況に敢えて一石、でしょう…

「論争」がなくなったワケ

*1 最近、論争というのが表立ってなくなっちまって久しいですねえ。 どうしてこの論争がなくなっちまったのか、以前、あたしゃ総括して説明したことがあります。はしょって言えば、そんなことやらかしたってトクにならない、ってことをみんな気づいちまった…

匿名批評の伝統

書評、というのとはちと違いますが、でもやはりこれは「批評」とか「評論」界隈でのそれなりに大きなできごとだと思うので、触れさせて下さい。産経新聞の名物コラム欄「斜断機」が、この三月いっぱいで終了したんですね、これが。 もともとは匿名の批評コラ…

マンガ評・武富 智『キャラメラ』

惚れた腫れたのよしなしごとはこっぱずかしい。特に、ニキビ面したセイシュンにはなおのこと。だもんで、恋愛ものは「ラブコメ」というギャグ仕立てでかろうじて成立してきた。ドジでマヌケなオンナのコが、最後にやっぱり「そんなキミが好きだよ」と言って…

田口ランディ被害の1年

*1 二〇〇一年もはや、年の暮れであります。書評まわりの誌紙面でも例年、「今年のベスト10」とか「本年の収穫」とか、そういう企画がお約束。ただ、これってお祭りみたいなもんで、年末進行に合わせて行われるのが何よりいい証拠。この時期だと年の前半に…

日本という自意識

ここのところ韓国やら中国やらから、なりふり構わぬ抗議が続いていて、ただでさえ悪役になっているところへ、なおのこといらぬ注目を集めている「つくる会」教科書。まずは歴史の方がやり玉にあがりがちだけれども、公民の方も成り立ちとしては一蓮托生、こ…

大塚英志という病い

● 今はもうなくなっちまったけれども、かつてそれなりにカッコいい場所とされてもいた池袋のスタジオ200で、何やら連続講座をやっていた時のやつの身振りを思い出す。 借りてきたようなスーツ着込んでさ、片手に役人みてえなブリーフケース抱えてさ、教室…

猪瀬直樹というキャラ

*1 ルポだのノンフィクションだのといったジャンルのもの書きが、「全集」や「著作集」だのを出したがるようになったら、ひとつもう寿命は終わり、というのが、かねがねあたしの持論であります。 というのも、ここ十年足らずの間にそういう方面の「全集」「…

異なる水準の言葉の連携、そして、社会・歴史像の転換

■「情報環境」という問いが今、必要な理由 くだらないこと、ささやかなこと、とるにたらないことがただそのようなものとして充満している「日常」を、構築的にではなく記述的にとらえる態度が、果たしてどのようにこの島国に棲みついた人々の意識の歴史の上…

岩下俊作選集、のこと

もともとそういうタチではあったのだけれども、この春に勤めを辞めてこのかた、パーティーとか宴会、果てはちょっとした呑み会の類に至るまで、とにかくそういう場に顔を出すことがとことんおっくうになってしまっている。 これではいかん、ただでさえ人から…

『失楽園』を嗤う

巷では『失楽園』がえらい評判だそうであります。 言うまでもなく、渡辺淳一サンのベストセラー小説でありますが、映画化されたものも昨今の日本映画には珍しい大ヒットとか。それはそれでまあ、結構なことであります。 ただ、小生こういう流行りものに対し…

坪内祐三のこと

*1 坪内祐三はお笑いタレントの江頭2:50に似ている。もの書きとして名誉だと思う。 実際に顔会わせたのはこれまで二回きりだけれども、そのたびに、あの江頭ばりのどこか困ったむく犬のような眼で正面から口ごもられて、何かとても悪いことをしたような…

Come On!柳美里

先月、連載の口あけで書いた柳美里サンのサイン会中止の一件に触れた原稿に対して、ご本人からきっちり因縁をつけられました。いやはや、店開き早々名誉なこってす。 抗議文の現物は今出ている『SAPIO』(小学館)に載ってますが、つまりは小林よしのり…

「歴史」がその輪郭を変えてゆく

● 「歴史」がその輪郭をみるみる変え始めています。この世紀が変わる頃までには、われわれ日本人にとっての「歴史」のありようは、少なくとも戦後半世紀の間共有してきたそれとはずいぶん違ったものになってゆくような気配が、良くも悪くも濃厚にあります。 …

時代小説と歴史の関係について

*1● 歴史小説、時代小説と呼ばれるジャンルの表現が国民の大部分にとっての「歴史」意識を作り上げる上でどれだけとんでもない力を発揮したか。奇妙な話ですが、そのことについて「歴史」の専門家であるはずの歴史学者はもちろんよく理解していないし、と言…

カルチュラル・スタディーズ・考

*1 「カルチュラル・スタディーズ」というもの言いが、近頃目に立つ。 文芸批評あたりを発信地に、文学研究や美術史や社会学、文化人類学といった方面がより熱っぽい。いわゆる歴史学にしても近代史あたりにぼちぼちかぶれる手合いも出始めているように思う。…

火野葦平

*1 火野葦平とは、徹頭徹尾「孤独」な作家だった。 別に、厄介な自意識を持てあまして一人勝手に孤独に陥ってゆくような、俗流文学青年の自閉趣味をさして言うのではない。いや、少なくともものを書こうとするような性癖の人間である限り大なり小なりそのよ…

林 芙美子

『放浪記』が好きだ。 たとえば、女給仲間との身の上話に興じる様子を描写したこんな一節。 「こんな処に働いてゐる女達は、初めはどんなに意地悪くコチコチに用心しあってゐても、仲よくなんぞなってくれなくっても、一度何かのはずみで真心を見せ合ふと、…

今東光

*1 正真正銘のバラケツである。つまり「不良」だ。 大正四年の一学期、関西学院中学部三年を諭旨退学。淡路島でひと夏遊んで暮らした後、親戚一同の協議により城崎の県立中学に転校。ここでも騒ぎを起こし、教師を殴って退学、神戸に舞い戻った。元町の絵具…

長谷川 伸

*1 ある時期までこの国に生きる人々にとっての一般教養となっていったような“おはなし”の束を、芝居や読みものという器にふんだんに盛って差し出した、それが長谷川伸だ。だが、駒形茂兵衛や、番場忠太郎や、沓掛時次郎といった名前を耳にして、その物語がよ…

徳川夢声

*1 「ムセイ老」と呼ばれていた。まだ若い頃からだ。 「老」と呼ばれてしまうようなタチの奴が、たとえば学校の同級生といった広がりに、必ずひとりいる。ジジむさい、というわけでもないのだけれども、何か達観したような、その程度にはもののわかったよう…

田中康夫、震災に軽挙妄動

田中康夫が震災被災地でボランティアに奔走しているという。笑止千万である。 かつて湾岸戦争の時、「文学者」という大時代な主体性で戦争反対を“宣言”する記者会見をやり、おおかたの失笑を買った一人だったのを小子は忘れていない。あの時は今は亡き中上健…

「文学」の歴史性、その鈍感も含めて

同年代の、というと、具体的には三十代後半から、下はせいぜい二十代半ばあたりまでになるのだが、およそそのような年格好のもの書きや編集者たちと顔を合わせる機会があると、どうしてこれまで「文学」というのはあそこまで特権的な存在でいられたのか、と…

森 銑三

*1 書いたものを読んでいるだけで、どことなく読み手の気持ちを萎縮させる、そんなタチの書き手がいる。 ものが面白くないのではない。むしろ逆だ。面白い、興奮する、読んでゆくうち中身にぐいぐいと引き込まれもする。だが、どこかでそれらの文字をつむぎ…

大江健三郎「ノーベル賞」の無惨

大江健三郎のノーベル文学賞受賞は、やはり大きなニュースとして報道されました。 仕方のないことなのでしょう。彼の出身地の人たちにまでコメントを求めるのは、昨今のニュース報道の紋切り型ですから別にどうということもありません。その地元の人たちが「…

花田清輝。負けた、ことの剛直。“若さ”は万能ではない。もちろん、今も。

こいつは負けた、と若い男が叫んだ。叫ばれた方の男は年かさだったが、“若さ”のまぶしさにただ目くらまされるほど単細胞でもなかった。その程度には修羅場をくぐった知性だった。だから、血の気の多さを諌めるような、はぐらかすような調子でその“若さ”をい…

『別冊宝島』創刊200号

宝島社の看板雑誌『別冊宝島』が創刊二〇〇号を迎えました。 それを記念して、これまでのベスト・セレクションが出ています。題して『我らの時代』。表紙の惹句によれば、「二〇〇冊一二万枚の原稿の中から選ばれた、時代を浮き彫りにする傑作ノンフィクショ…

インタヴュー・渡辺文樹

● いきなり眼の前に現われた渡辺文樹は、入口からのっしのっしと大股で近ずいてきた。そして、大きな声でお国なまりの挨拶一発。 「いやぁ、遠いところわざわざ来てもらって、悪かったねぇ」 福島市内、小さいけれども去年建ったばかりとかでまだ真新しい映…

「その他おおぜいの素人」の誇りと栄光を、いま、正しく取り戻すこと

*1 *2 *3 とにかく、ミニコミでも同人誌でもいいけど、いわゆる自前の学生メディアとか若者メディアの元気が今、まるでないよね。もうほんとに信じられないくらいに、ない。 ちょっと前までミニコミなんて言ったら、読み手としても作り手としても学生を抜き…