民俗学

異なる水準の言葉の連携、そして、社会・歴史像の転換

■「情報環境」という問いが今、必要な理由 くだらないこと、ささやかなこと、とるにたらないことがただそのようなものとして充満している「日常」を、構築的にではなく記述的にとらえる態度が、果たしてどのようにこの島国に棲みついた人々の意識の歴史の上…

うっかりと“うた”や“はなし”に同調してしまう身体――解説・朝倉喬司『凝視録』

● 手もとに一枚のLPレコードがある。 タイトルは『東京殴り込みライヴ/河内音頭三音会オールスターズ』。まるで屋台のエスニック料理のような河村要介の“濃い”イラストの描かれたジャケットの表に、マジックで走り書きされたサインに曰く――「ドツボ家家元…

「無用の長物」の消息について

〈敗戦後という状況の中で輝いた「民俗学」〉 柳田国男が構想した大衆社会の内側からの「歴史」の回復運動について、ご紹介がてらに語ってきました。 一九二〇年代から三〇年代にかけての大衆社会化が進展してゆく時期に運動として立ち上がったそれは、当初…

岩下俊作選集、のこと

もともとそういうタチではあったのだけれども、この春に勤めを辞めてこのかた、パーティーとか宴会、果てはちょっとした呑み会の類に至るまで、とにかくそういう場に顔を出すことがとことんおっくうになってしまっている。 これではいかん、ただでさえ人から…

おふくろの味・考

*1 ● お恥ずかしい話ですが、「風土食」という言い方があることを、今回、編集部から原稿を依頼されるまで、不勉強にして知りませんでした。 要するに、かつてならば「郷土食」「郷土料理」とか呼ばれていたものなんですね。なんだ、それなら民俗学がその視…

「研究」という名の神――あるいは、「好きなもの」の消息について

「人の作りだした? あの時南極で拾ったものをただコピーしただけじゃないの。オリジナルが聞いてあきれるわ」 「ただのコピーとは違うわ。人の意志が込められているものよ」 ――第20話「心のかたち、人のかたち」 ● おそらく、『新世紀エヴァンゲリオン』…

「歴史」の「正しさ」について

● 八〇年代というのが何だったか、ということにこだわる性質(たち)が、どうやら僕にはあるようです。どうしてそんなにこだわるんだ、と、気心知れた友人にさえ時にあきれられるくらい、はたから見てその執着は強いものに映るらしい。 それは、自分の生まれ育…

「歴史」の回復のために――生方敏郎『明治大正見聞史』(中公文庫)

「歴史」というもの言いがあちこちで取り沙汰されるようになっています。 この四月から採用される中学校の歴史教科書の中に、いわゆる「従軍慰安婦」についての記述が入るようになる、そのことについての議論がひとつのきっかけだったことは間違いありません…

「歴史」がその輪郭を変えてゆく

● 「歴史」がその輪郭をみるみる変え始めています。この世紀が変わる頃までには、われわれ日本人にとっての「歴史」のありようは、少なくとも戦後半世紀の間共有してきたそれとはずいぶん違ったものになってゆくような気配が、良くも悪くも濃厚にあります。 …

活字の本領、この状況でなお――稲垣尚友『密林の中の書斎』(梟社) 永瀬唯『肉体のユートピア』(青弓社) 安原顕『ふざけんな人生』(ジャパンミックス) 『日曜研究家』

紙の上に刷り込まれた活字によりかかりこの世のご正道から足踏み外す病いがある。その一方で、おのれの体験だけを後生大事になで回し続けてうっかり歳を食ってしまう無残もある。とかく知性ってやつはめんどくさい。 ただ、いずれそのような活字を切実に読み…

書評・板橋雅弘『裏本時代』(幻冬舎)

「上質の小説や映画のような体験がどんな人間にも生きているうちに一度や二度はふりかかるものだ。/僕にとって一九八二年から八三年にかけてのあの個人的体験はまさにその一度や二度の貴重なものだった。/そして金ピカの八〇年代を予感させるあの時期を描…

書評・佐野真一『旅する巨人』(文芸春秋)

● 宮本常一とその仕事について語らねばならない時、どこか口ごもってしまう自分がいる。 同じ民俗学に携わる人間でも、柳田国男について語ろうとする時にこのような躊躇はないし、南方熊楠や折口信夫についてもまず同じだ。けれども、宮本常一にだけはどこか…

「歴史教科書問題」の、ある本質

教科書なんてどんな妙なものでも教え方ひとつ、「これは間違ってますよ」という反面教師だって教科書の役割だとさえ思う。それに、今に限らずこれまでだって何も教科書だけで人々の「歴史」意識が形成されてきたわけでもない。時代劇や小説や、その他実にさ…

「エヴァ」というできごと

『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメがあります。 一昨年秋から昨年にかけてテレビ東京系列で放映され、後半、物語の異様なまでの混乱も含めて爆発的な人気を呼びました。その後、ビデオやレーザーディスクになったものも驚異的な売り上げを示し、来春に…

時代小説と歴史の関係について

*1● 歴史小説、時代小説と呼ばれるジャンルの表現が国民の大部分にとっての「歴史」意識を作り上げる上でどれだけとんでもない力を発揮したか。奇妙な話ですが、そのことについて「歴史」の専門家であるはずの歴史学者はもちろんよく理解していないし、と言…

書評・今川勲『犬の現代史』間直之助『馬の表情』オバタカズユキ『ペットまみれの人生』

*1犬の現代史作者:今川 勲現代書館Amazon かつて、板倉至という軍人が.いた。軍用犬研究班の主任で陸軍大尉。一九三一年九月、関東軍が軍事行動に出た柳条湖事件の時、日頃から訓練していた三頭のシェパードを軍用犬として連れて前線に立った。 「『那智』『…

美当一調、「軍談語り」の栄光

● 勤め先の博物館で、浪曲についての展示をやることになった。浪曲、つまりは浪花節だ。今やほとんど忘れられてしまったけれども、明治の後半から大正、昭和にかけて、戦後も高度経済成長期あたりまでは圧倒的な人気を誇った国民的芸能。今の五十代から上の…

吉川弘文館のドジ

吉川弘文館という出版社がある。歴史学系の学術出版を中心とした版元としてはまず老舗と言っていいだろう。地方史や郷土史関係にも強いから、読者の中にも書棚に一冊や二冊、この出版社の本をお持ちの方がいらっしゃるかも知れない。 ここから最近出た『現代…

むかしの「不良少年」

● 手もとに、『不良少年の研究』(大鎧閣 大正一二年)という本がある。古書市場でそれほど珍しい本でもないと思うが、しかし中身はかなりいろいろな読みを引き受けてくれるものだ。 著者は、鈴木賀一郎という人。「東京少年審判所審判官 法学士」という肩書…

書評・香月洋一郎『山に棲む――民俗誌序章』(未来社)

*1 言葉が「地方」の現実を描けなくなって久しい。日本全国が“東京”と化したからだ、と嘆く声が聞こえる。だが、それは確かに事実であっても、そのさまざまに“東京”化した中での「地方」もまた必ずある。問題は、その必ずある現実を描きだす手立ても志も、共…

【草稿】解説・岡本嗣郎『男前――岡本集の激闘流儀』

● この本の主人公である山本集さんと初めて会ったのは四、五年前、確かどこかのホテルのロビーだった。 同席していたのは、ルポライターの朝倉喬司さんと、この『男前』を最初に単行本にした南風社という小さな出版社の社長兼編集者であるHさんのふたり。毎…

書評・稲垣尚友『十七年目のトカラ・平島』(梟社)

*1 七〇年代のおわり、それまでの十数年におよぶ奄美・沖縄の島々をめぐる旅の果てにたどりついたトカラ列島の小さな島、平島。「原初」の生活にあこがれ、文明にどっぷりひたった自分から逃れようと棲みついたのだが……。 島の暮らしを記録し、本にしたこと…

書評・『ドキュメント 綾さん――小沢昭一が敬愛する接客のプロフェッショナル』(新しい芸能研究室)

ドキュメント綾さん: 小沢昭一が敬愛する接客のプロ (新潮文庫 草 313-2-B)作者:小沢 昭一,佐藤 綾新潮社Amazon ここで小沢昭一さんが話を聞いている「綾さん」は、早い話がトルコのお姉さんです。今はソープランドって言いますが、彼女が現役で売れっ子だっ…

野口武徳『沖縄池間島民俗誌』のこと

沖縄池間島民俗誌 (1972年)Amazon 恩師とその本について述べます。 名前は野口武徳。今から一〇年前、僕が大学院最後の年に亡くなりました。享年五二歳。舌癌で下顎切除までした壮絶な死でした。 その野口先生がまだ院生の頃に行なった民俗調査をもとにまと…

岡 正雄

*1 民俗学や人類学まわりの学史を浪曲仕立てでやったらどうなるか、ということを、まだ院生の頃、いずれ劣らぬ悪ガキたちの間でやっていた時期がある。 その時気づいたことは、“ふたつのミンゾク学”(民俗学と民族学)が未だ渾然一体としていた戦前には、柳…

結核、如何に金儲けになるか

「肺病それは今日の人類全てが例外なくとりつかれてゐる業病の名だ。都会人が百人よれば百人ともやられてゐる恐しい宿病なのだ。ピルケー反応といふ試験がある。肺病といふよりも結核に侵されてゐるか否かを試みる方法であり、之に陽性反応を示す者は結核患…

書評・井上章一『狂気と王権』(紀伊國屋書店)

まず著者に一言。もっとしっかり胸張りなって。 「本文中に引用した文献類でも、私自身が発掘したものは、そんなに多くない。たいていの資料は、すでに誰かが先に紹介してしまっている。私の本は、セコハンのデータをかきあつめた、やや概説的なしあがりとな…

「ムラによって違う」の底力――赤松啓介vs.上野千鶴子『猥談』刊行に寄せて

「そらあんた、ムラによっていろいろ違いがありますわぁ」 こちらのつたない問いかけに対して、実に人のいい顔をしてにっこり笑いながらつるりと頭をなでる、そのしぐさがいつも眼の底に深く焼きついた。 「呵々大笑」というもの言いにそのまま実体を与えた…

解説・赤松啓介×上野千鶴子『猥談』

猥談―近代日本の下半身作者:啓介, 赤松,千鶴子, 上野現代書館Amazon● いやあ、長かった。 やろう、ということになってからなんと五年。別にサボっていたわけではないことは、 版元である現代書館と担当編集者の村井三夫氏の名誉のために言っておきたい。結構…

書評・村井 紀『増補改訂・南島イデオロギーの発生』(太田出版)

南島イデオロギーの発生―柳田国男と植民地主義 (岩波現代文庫)作者:村井 紀岩波書店Amazon*1 柳田“悪人”説に傾く柳田論の系譜というのがある。柳田陰謀史観とまでは言わないが、もの言いの歴史として見れば、桑原武夫あたりに始まる牧歌的で「文人」主義的な…